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公務員宿舎廃止論(1)

「隠れ給与」「闇給与」としての宿舎

10/3、野田首相は埼玉県朝霞市の国家公務員宿舎建設の「5年間の凍結」を決めた。これはもともと、2009年の事業仕分けで「凍結」になったものを、野田首相が財務相のときに「解凍」したものである。周辺の宿舎を統廃合して効率化するのが建設の理由だそうだが、それならばそもそも宿舎自体を全廃するのが最も効率的なことではないだろうか。一連の経緯からは、公務員の宿舎に対する強いこだわりが感じられる。


では、なぜ公務員は宿舎にこだわるのであろうか。


まずは、社宅全般について考えてみたい。もともと社宅というのは、企業側が労働組合との交渉の中で、福利厚生の一環として提供するようになったものであり、企業からすれば人件費コストの一部に過ぎない。日本の賃金は一度上げてしまうとなかなか下げられないので、こういった給与外のサービスという形で支払っておくのが、労使ともに都合が良かったのである。そして高度経済成長期以降、大手企業を中心に社宅は普及していくことになる。

しかしながら、バブル崩壊によってこの流れは逆転した。2000年以降、6割弱の企業が社宅を統廃合している。デフレにも関わらず賃金が固定化される日本において、社宅をはじめとする福利厚生費の削減というのは実質的な賃下げなのである。労働組合の側も、社宅を新しく作るくらいなら昇給やボーナスに上乗せしてくれという要求を出すところがほとんどだ。そうすれば、独身者が既婚社員の社宅コストを負担するという不公平も解消できるからだ。



では、なぜ公務員だけは“社宅”を作り続けるのか。それは、社宅が給与額に反映されない「隠れ給与」「闇給与」だからだ。公務員の人件費に対する風当たりが強い中、平均賃金に反映されずに住宅費という大きな支出をカバーできる宿舎の存在は、非常に大きい。同じく受信料という国民負担で支えられているNHK職員の社宅が豪華なのも、これと同じ理由だと思われる。



   ▼5坪で十分
   超狭小!! 5坪でも広い家



つづく





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ばたお的議会改革案(6)

実質的な民主主義④:政策立案のための市場調査

さて、「一般意志」とはどういうものだっただろうか。それは一言で言えば、「可視化された無意識」のことだ。


そこで、「無意識の可視化」という作業を従来の政治過程に組み込み、「一般意志=可視化された無意識」を政策決定に活用するという、議会=政策立案における新しい意思決定のシステムを提案したい。そして、「ひたすら話し合いさえすれば何とかなるのだ」という「討議的民主主義」に対して、このような「可視化された無意識を前提にした話し合い」という在り方を、暫定的に「ルソー-ばたお的民主主義」と呼ぶことにしたい。ちなみに、ルソーは「討議的民主主義」という在り方に否定的だったが、この「ルソー-ばたお的民主主義」というのは「討議的民主主義」を否定する性格のものではない。



 〈ルソー-ばたお的民主主義〉
    第1原則:高度に発達した情報技術によって、人々の無意識を可視化する。
    第2原則:「無意識を可視化するシステム」のソースコードは、常に公開される。
    第3原則:「可視化された無意識=一般意志」を議論の前提にして、政策を立案する。
    第4原則:一般意志はあくまでも参考に過ぎず、議員は必ずしもそれに従う必要はない。



例えば商品開発をする際、私たちは普通、市場調査を行うだろう。なぜなら、いくら“素晴らしい商品”をつくったとしても、それが受け入れられて売れなければ意味がないからだ。政策立案に関しても同じことが言えるのではないだろうか。いくら“素晴らしい政策”をつくったとしても、それが受け入れられずに誰も従わなかったとしたら意味がない。それは、まさに革命前夜である。


私たち一般大衆の“革命する権利”は認められるべきではあるが、そうならないように「政策立案のための市場調査」というものがなされてもいいのではないかと考える。それこそが、「無意識の可視化」なのである。



   何かあったらすみません



(つづく)





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原発関連の主要新聞社説イッキ読み(2)

つづきから

福島第1原発の事故当初から懸念されていた問題は、電力不足に関するものである。そのエネルギーの確保をめぐって、論調は二分された。

産経は、4/1付で「一時の感情に流されて原子力の否定に傾斜するのは短慮にすぎる」と指摘。そして4/26付では、「エネルギー不足は経済をはじめとする国家機能を弱体化させる。定期検査が完了した原発を停止したままにしてはならない」とし、安全性が確認された原発については速やかに再稼働させるべきだと訴えた。読売も、3/29付で「地球温暖化対策の観点からも、原発は安全に管理する限り、電力供給で重要な位置を占め続けよう」と主張した。

対して朝日は、4/20付で「事故のリスクが大きすぎる原発は廃止への道筋をつけるような仕分け作業ができないだろうか」と脱原発の立場を示した。毎日も、4/15付で「長期的な視点で原発からの脱却を進めたい」とし、原発を基幹エネルギーとする従来の政策からの転換を求めた。



5/6の夜、予定外の記者会見を開いた菅首相は、中部電力に対して、静岡県にある浜岡原発の全面運転停止を求めた。法的強制力のない要請だったが、中部電力側も受け入れざるを得なかった。民間企業への事実上の停止命令という事態に、議論が分かれた。

朝日と毎日は、浜岡原発が東海地震の想定震源域上にあるという立地上の問題を強調し、いずれも「妥当な判断」だと高く評価した。しかし、菅首相の要請は閣議了解のない個人プレーだったことも明らかとなり、産経は5/10付で「思いつきとしか思えない首相の決断」は「日本国内での電力不足の連鎖反応を引き起こし得る」と批判した。



7/13、菅首相は「将来的に原発に依存しない社会を目指す」とし、事実上の「脱原発宣言」がなされた。これもまた閣議の議論を経たものではなかったため、産経は翌14日付で「政権延命のためだけの政策転換は、もう許されない」とし、「一刻も早い退陣」を求めた。読売も同14日付で、菅首相が原発に代替するとした自然エネルギーは「量と価格の両面で難題を抱え」ており、「近い将来、原発に代わる基幹電力の役割を担えるほど見通しは甘くない」と主張した。

一方、7/13付で「脱原発」の社説特集を組んだ朝日は、翌日付でも「首相の方針を歓迎し、支持する」とした。毎日は同14日付で「基本的に支持し、評価したい」としながらも、「いずれ遠くない時期に退陣するであろう首相だ。まず、政府・与党としての考えをまとめる作業を急いでもらいたい」と釘を刺した。



8/30、菅第2次改造内閣が総辞職し、9/2、野田内閣が成立した。野田首相は就任当初、前政権の路線を踏襲して「減原発」を目指すとしていた。しかし、その後のアメリカでの国連演説では、原発輸出の継続や定期検査中の原発再稼働に前向きな姿勢を示した。そうした中で、エネルギー基本計画の見直し作業が始まった。朝日・毎日は菅路線の継続を求め、読売・産経は国連演説の履行を求めている。


(おわり)





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Re:原発関連の主要新聞社説イッキ読み(2) by hnhk
社説のヘッドラインを拾うだけでも、大変だったと思います。
お疲れ様です。

ところで、原子力担当大臣として原発を強力に推進したのは、読売新聞の実質上の創業者の正力松太郎氏。
読売新聞は、そのあたりの事情について自ら紙面上で検証して欲しいですね!

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原発関連の主要新聞社説イッキ読み(1)

今年4~9月のおよそ半年間で掲載された、原発に関連する主要新聞4紙の社説を比較しようという企画である。

今回は、そのタイトルのみを抜粋してみた。


 〈朝日新聞〉
   4・20   脱・依存へかじを切れ
   5・ 7   「危ないなら止める」へ
   5・12   脱・原発依存に道筋を
   5・27   脱・原発依存に生かせ
   7・ 1   運転再開は焦らずに
   7・13   いまこそ 政策の大転換を
   7・14   政治全体で取り組もう
   7・30   客観データの公開を
   8・13   新電力の成長促そう
  10・ 3   まず首相が大方針を


 〈毎日新聞〉
   4・15   政策の大転換を図れ
   5・ 7   首相の決断を評価する
   5・10   電力不足を招かぬよう
   5・28   安全対策を早く進めよ
   6・19   説明不足で時期尚早だ
   7・14   目指す方向は評価する
   8・ 2   危険な原発から廃炉に
   8・ 3   原発代替は十分可能だ
   9・ 4   「減原発」の道筋着実に
  10・ 3   議論の土台を明確に


 〈読売新聞〉
   3・29   全世界が注視する日本の対処
   4・ 5   「25%削減」の撤回が不可欠だ
   4・24   原発政策で比重増す安全論議
   5・ 7   地震と津波対策に万全尽くせ
   5・10   丁寧な首相説明が欲しかった
   5・27   安全性高めて原発利用続けよ
   7・14   看板だけ掲げるのは無責任だ
   9・ 2   それでも原発再稼働は必要だ
   9・ 7   展望なき「脱原発」と決別を
   9・28   現実を踏まえ冷静な議論を


 〈産経新聞〉
   4・ 1   復興に発電力は不可欠だ
   4・26   教訓を福島に生かしたい
   5・ 7   原発否定につながらぬか
   5・10   懸念する電力不足の連鎖
   5・13   首相は再稼働を命じよ
   5・25   原発との共存に決意示せ
   6・12   原発再稼働で危機回避を
   7・14   その場限りで信用できぬ
   9・ 1   新首相は再稼働へ道開け
  10・ 3   原発再稼働の道筋を示せ


次回、簡単な解説編につづく。





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ジャンピング土下座ッ!!!

最近、ブログ更新できてなくて、サーセン……ジャンピング土下座するから許して。


ジャンピング土下座ッ!!!


私としたことが、社会人失格である。

しかし、一般的に言って社会人とは正社員のことなので、私はそもそも社会人ではない。というか、ニートだ。

ニートの要件は、(ⅰ)無職、(ⅱ)学校に通っていない、(ⅲ)35歳未満である。

私も35歳になれば、ニートからジェブチェンジできるのに。




と言っても、住民税とかはきちんと払っている。

驚くなかれ。10月末日期日の第Ⅲ期分だって、ずっと前に納付済みなんだぜ。

水道代とか自分が使った分ならまだ理解できるものの、無収入の弱者から住民税とか非道すぎやしないか。

貯金がなくなっていく……テラヤバシ

早くベーシック・インカムくれよ ←←←




……それにしても。

「高校生日記」とか「新自由主義と正社員」とか「ばたお的議会改革案」とか連載が増えてきて、意味不明になってきた。本当は、オタク論とかアニメ批評とかもやりたいし、小説も書きたいんだけど、まったく時間も能力も足りない。肝心の家庭菜園についても学べていないOrz

どうする?



   現在のばたお……そのイメージ





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ばたお的議会改革案(5)

実質的な民主主義③:一般意志を実体として読む

では、現在の情報社会という文脈に則った上で、「一般意志」を努力目標という名の理念ではなく、実体として捉え直してみたいと思う。


高度に情報技術が発達した社会、すなわち現在のユビキタス社会においては、好むと好まざるとにかかわらず、私たちは絶えず個人情報をばら撒いて生活しており、実は人々の行動履歴といったデータは大量に蓄積されている。「そうした大量のデータから沸き起こってくる、集団としての人々はどのように行動するのかというパターン」を、一般意志と呼んではどうだろうか(もちろん、そうしたデータを利用して「ある特定の人間のある行動」といった話をすると、プライバシーの問題などが発生して、良くない)。


すなわち、一般意志とは“自動生成される”ものなのだ。情報学に「疑似同期」(濱野智史)という概念がある。これは、「客観的には同期していないが、システムの作用によって主観的には同期している」ということだ。(同期的な)討議によって成立する全体意志に対して、一般意志は「疑似同期」的な討議によって成立するとも言えるだろう。


ルソーの時代には、今のような高度に発達した情報技術などなかったし、数学もあまり発達していなかった。なので、ああいう言い方しかできなかった。しかし、今から読み返してみると、そういう風に読めなくもないということだ。もちろん、こうした主張の根拠は特になく、敢えて言うならば私の直感である。あるいは、ルソーを持ち出して権威付けることによって、自らの主張のゴリ推しを正当化しようとしていると言い換えることもできるかも知れない。



 〈全体意志〉
    ・個人の意識的な欲望の集合
    ・討議=話し合いによって決定される


 〈一般意志〉
    ・集団としての無意識的な欲望
    ・大量のデータから必然的に立ち上がる人間の行動パターン
    ・自動生成される=「疑似同期」的な討議



恐らく、「そんな定義は文献学的に間違っている」という批判があるだろう。そういった真摯な批判は甘んじて受け入れなければならないが、一方で「文献学的な正しさ」を特に求めているわけではないことも、また一面の事実である。


古典というのは、現代風に解釈するからこそ意味があるのではないだろうか。例えばルソーの「一般意志」みたいな概念を、現代風に読み替えて、現代的な議論な中に接続していく。それこそがクリエイティブなことであり、実践的なことのような気がする。「そういうことはもっと権威のある大学教授とか成功した事業家とかが言うことであって、お前のような権威も何もない無職の言うことではない。早く就職しろ」という批判もあるだろう。確かにそれは自分でもそう思うが、「そんなこと言われたらどうしようもない」というのもある。ただしポジティブに捉えるならば、「私のような普通の一般大衆が言うからこそ、よりインパクトがあるのだ」と言えないこともないかも知れない。



   そんな事言われたらどうしようもない



(つづく)





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ばたお的議会改革案(4)

実質的な民主主義②:「無意識」という概念の導入

ルソーが最初に「一般意志」と言ったとき、果たして彼はどういうことを想定していたのだろうか。ルソー研究のスタンダードはひとまず置いて、自分なりに考えてみることにする。


その際、ポイントは2つある。1つは、ルソーは一般意志と全体意志を区別していること。もう1つは、『社会契約論』とは別のテクストにある。すなわち、『エミール』における「人間のつくる秩序は信用ならない」とか、『人間不平等起源論』における「自然のつくる秩序が最も合理的である」とかという趣旨の発言だ。そういったことを踏まえて考えるならば、「人間が話し合ってつくるというものではないこと」「意識の根底にあって、人々が生理的に求めてしまうこと」というのが、一般意志の基本的な性質であることが分かる。


恐らくルソーは、一般意志という言葉を用いて「無意識の欲望」みたいな話をしていたのではないだろうか。では、なぜそういう言い方をしなかったのか。それは端的に、まだ「無意識」という概念が発見されていなかったからだろう。「無意識」という概念がフロイトによって発見される=でっち上げられるのは、およそ150年後の話である。



      ▼フロイト。精神分析学というイカサマな学問分野をつくった。
      フロイト



(つづく)





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これはひどい!! AKB48の新商法

ローソン「まどか☆マギカ」キャンペーン=AKBワンダの在庫処分説

ローソン×アサヒ飲料「魔法少女まどか☆マギカ」キャンペーン
今ならワンダ6缶パックにもれなくミニクリアファイル(全10種類)がついてくる!

「まどか☆マギカ」キャンペーン(1)




クリアファイルのはずなのに、透明じゃない。裏が透けて見えない。

「まどか☆マギカ」キャンペーン(2)




クリアファイルを剥がすと、「WONDA×AKB48」のデザインと写真が……

「まどか☆マギカ」キャンペーン(3)

まどか「AKBと一緒なんて……ひどいよ、こんなのってないよ!!!」


まだ私はAKBに理解があるからいいものの
大概のアニヲタはAKBが嫌いだから、これって苦情モノのような気もしないではないのだけれど。






かつてAKB48はセブンイレブンとコラボ・キャンペーンをしたときも、まったく売れずに大幅な値引きをしていた……

白い夏の塩ラーメン(1)




これをレジへ持って行くのには、相当な勇気と度胸が試されるだろう。

白い夏の塩ラーメン(2)

必殺技「領収書ください」





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ばたお的議会改革案(3)

実質的な民主主義①:ルソーのスタンダードな解釈

ルソーの政治思想の特徴は、(1)近代文明への批判、(2)「一般意志」の主体である市民による「直接民主主義」である。後者の「一般意志による直接民主主義」という思想は、「人民主権論」でもある。こうしたルソーの思想から、私たちは大いに学ぶべきだと思う。理由は特にないが、敢えて言うならば「ティンと来た!」からだ。



      ▼ルソー。テレーズとの間にできた5人の子供はすべて孤児院の前に捨てた。
      ルソー



周知の通り、ルソーは「一般意志」という概念を導入して社会秩序の正当性を論じた。一般意志とは「常に公的利益のみを目指す共同体の意志」のことであり、これは私的な利益を追求する「特殊意志」はもとより、特殊意志の総和である「全体意志」とも区別される。私たちは、一般意志に参加して法をつくる主体としては「市民」、一般意志がつくった法に従う客体としては「臣民」ということになる。このような「人民主権論」は、後のフランス革命につながった。


一般意志の発動としての主権は分割されず、そこではロックやモンテスキュー流の権力分立論は否定される。ルソーはイギリスの代議制を批判し、「イギリス人は自分が自由だと思っているが、自由なのは投票の瞬間だけであって、その後は再び奴隷の状態となる」と皮肉っている。従って国の統治形態としては、人民集会からなる立法府に最大の権力が与えられ、法を執行する権力に過ぎない行政府は立法府に従属するものでなければならない。


しかしながら、こうした体制は小規模な都市国家でなければ実現困難であることを、ルソーはまた認めている。彼が念頭に置いていたのは、都市国家・ジュネーヴである。当時のジュネーヴの人口はおよそ2万5000人、しかも彼が「市民」だとは考えていなかった女性や下層階級の人々を除外すれば(これは歴史的条件による制約である)、政治的共同体を構成していたのは1500人程度に過ぎなかったとされる。ルソーは生涯、すなわちジュネーヴにおいて『社会契約論』と『エミール』が焚書に付され、自らにも逮捕状が出された1762年以降も、ジュネーヴを称えることをやめなかった。一方で自らの抱くジュネーヴ像が、現実のジュネーヴからはかけ離れた単なる理想であることも認識していた。


こうしたルソーの「一般意志による直接民主主義」という思想は「討議的民主主義」という価値観に否定的であり、これは実体化させるとロベスピエールとなって、反対派はマミられる恐れがある。そもそも定義が曖昧だし、従って、一般意志は理念=努力目標として捉えられるべきである。



      ▼ロベスピエール。「ルソーの血塗られた手」。
      ロベスピエール



――と、教科書には書いてある。すなわち、これがルソーのスタンダードな解釈である。言い換えると、これはルソーのスタンダードな解釈に過ぎない。


(つづく)





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カオス理論(2)

つづきから

正確に観測できないので、未来なんて予測できません。

それじゃあ、「初期値を完璧にすれば、正確な予測ができるんじゃないの」と思われるかも知れない。その指摘はまったくその通りである。しかし、今度は「人間の観測は必ず誤差を含み、決して正確にはできない」という事情が出てくる。


実は私たちは、「目の前の棒が何メートルなのか」すら言うことができない。なぜなら、どれだけ頑張って正確に測っていっても、それは無限に観測が続くことになり、原理的に「完璧に測った!」という終わりはないからだ。人間は完璧な観測ができないのである。


この「完璧に測れない、ほんのちょっとした誤差」によって、1週間後の東京・秋葉原が「晴れ」になるか「雨」になるか、そのシステムの結果が変わってしまうのだ。よって、「どんなに完璧な天気予報システムを持っていたとしても、やっぱり未来の天気は予測できません」という結論になる。



            ▼「ひまわりのたれ」。突っ込みどころが多過ぎてカオス。
               ひまわりのたれ



私たちが日常でよく経験する予言不可能性は、時間発展がでたらめで確率論的な場合に起こる。しかしながら、初期条件敏感性に基づく予言不可能性は、決定論的な時間発展で起こるため、従来の予言不可能性とは本質的に異なる。こうした予言不可能性の新しい解釈は“バタフライ効果”と呼ばれることもある。


ともかく、「人間は、仮に物理現象を完全に解明したとしても、初期値を完璧には観測することができないため、決して未来を予測することなどできないのだ/(^o^)\」というカオス理論の結論は、「ある現象についてどんどん法則性を解明していけば、いつかはこの現象を完全に予測できるようになるはずだ\(^o^)/」と思っていた当時の科学者に大きな衝撃を与えたらしい。そうして、カオス理論はフラクタルとともに、1970年代以降の複雑系科学のパラダイムとなったのである。


(おわり)





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プロフィール

ばたお

Author:ばたお
・1983年大阪府生まれ。大阪府河内長野市在住
・半自給農民、工場非常勤。できるだけ稼がず、できるだけ消費しません。シェアハウス運営
・土と暮らし研究会

【ツイッター】@BATAO_Hetare
【スカイプ】batao2.0
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