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新世代「ミレニアルズ」 米国の消費スタイルを変えるか

アメリカで「ミレニアルズ」と呼ばれる20代を中核とする世代が先行世代とは異なる消費スタイルを示し、社会に影響を与えているという。翻って、日本でも「嫌消費世代」と呼ばれる人々を耳にすることがあるが、アメリカと違って社会に対して大きな影響力は持っていない。その差は一体何なのだろうか。


●2015/4/26  新世代「ミレニアルズ」 米国の消費スタイルを変えるか――朝日新聞デジタル

「ミレニアルズ(Millennials)」と呼ばれる米国の若い世代の消費スタイルが、小売りやサービス業に変革を迫っている。世代の特徴は「買い物はネット」「健康志向」「保有よりも共有」。上の世代と異なる消費行動に対応できず、苦戦する企業も多い。


■買い物はネット、健康志向 車も「共有で十分」

4月に開催されたニューヨーク国際自動車ショー。高級感あふれる展示内容が多いなか、トヨタ自動車の若者向けブランド「サイオン」の展示は異質だった。派手な映像がスクリーンに映され、ソーシャルメディア技術をフル活用した広告を展開。発表した新モデルの名前は「iA」「iM」で、アップル製品のような語感が話題を呼んだ。

購買層の中心になってきたミレニアルズを意識した演出だ。米国の2014年新車販売台数は1652万台と8年ぶりの高水準だったが、サイオンは前年より15%減と低迷。「若者にとって車を持つことがクール(かっこいい)ではないようだ」(米アナリスト)

「買うよりレンタル、共有で十分」と考えるミレニアルズのクルマ離れは、自動車メーカーに共通する悩み。上の世代には「力強い走り」を訴えると効果的だったが、若い世代には逆効果でもある。米最大手ゼネラル・モーターズ(GM)も若者向けの広告で「おしゃれ」や「燃費性能のよさ」を前面に出す。


■ファストフード業界に衝撃、アバクロも失速

幼少からネットやソーシャルメディアに親しみ、ヘルシーな食事や旅行にはお金を使うけど、家や車を持つことに関心がない――。米国で約8600万人いる新世代の台頭に、最初に打撃を受けたのはファストフード業界だ。

「健康によくないハンバーガーは絶対食べない」。ニューヨーク市のウェンディー・リューさん(23)はきっぱり言う。米マクドナルドの米国での既存店売上高は、14年は前年より2.1%減と2年続けてのマイナス。米コカ・コーラも主力の炭酸飲料が売れず、14年の通期決算は純利益が17%減った。

実際の店舗が中心の小売りも苦しむ。2月、米家電量販2位ラジオシャックが経営破綻した。専門知識がある店員による接客が持ち味だったが、家電製品のネット購入が広がり、若者が店に来なくなった。「ラジオシャックの破綻はミレニアルズの影響力の大きさを象徴した」(米調査会社)とみられている。

カジュアル衣料品アバクロンビー&フィッチは、大きな「アバクロ」のロゴ入りの服が人気を集めたが、いまの20代はロゴ入り服を敬遠した。昨年12月、経営トップが事実上解任され、かつての超人気ブランドが一転ピンチに陥った。


■独自の好み、企業は試行錯誤

10年後はミレニアルズが米国の消費の主役となるため、この世代をどう取り込むかは、小売りやサービス業界の大きな課題だ。アナリストたちが「ミレニアルズへの浸透度」を、企業業績予測のものさしにするケースも出てきた。

米ホテル業界は「個人のスマートフォンが鍵になり、簡単にチェックイン」などの次世代型サービスを相次ぎ打ち出す。個人の自宅の空き部屋をホテルのように貸し出し「共有」する新サービス「エアビーアンドビー」が急成長し、危機感を募らせているからだ。

炭酸飲料離れに苦しむコカ・コーラは昨年、約250の代表的なファーストネーム入りの特別な缶を発売し、若者に商品を手にとってもらうように工夫した。

スポーツ用品のナイキは、若者に向けたソーシャルメディアによるブランド戦略が成功し、「健康的で、おしゃれ」という評価を得て、業績好調が続く。メキシコ料理のチェーン、チポトレ・メキシカン・グリルは、やや高めの価格ながら、地場の食材を使うのが人気で、店内は若い客でにぎわう。高級食材を扱うスーパー、ホールフーズ・マーケットも人気が高い。多少高くてもモノがよければ買うという消費スタイルだ。

ボストンカレッジのステバン・アダム・ブラゼル准教授は「ミレニアルズは商品の評判について、ソーシャルメディアを通じ世の中や企業に発信する最初の世代。独自の消費スタイルを生み出すので、存在感は増すばかりだ」と話す。


〈ミレニアルズ〉 定義は専門家により異なるが、1980年ごろから2000年代初めに生まれた世代を指し、2014年時点で米国の人口の約3割を占める。中核は20代。10代からスマホを持ち、インターネットに慣れ親しんだ最初の世代。働き始めるころにリーマン・ショック(08年)以降の経済停滞に直面し、上の世代とは消費行動が違うことが注目されている。ミレニアム(千年紀)に由来する。





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実践・5アンペア生活

●2015/5/13  5アンペア、新婚でもできた 記者が実践 エアコン・ドライヤー・炊飯器なし=訂正・おわびあり――朝日新聞デジタル

電力会社の電気に頼らず、どこまで暮らせるのか。1ヵ月の電気代を190円にまで下げた一人暮らし男性記者の「5アンペア生活」。昨夏から、その暮らしに伴侶が加わった。夫婦でも5アンペア、続けています。


■妻も慣れ「つらくない」

10アンペアのエアコンも13アンペアの電気炊飯器も使えない。そんな節電生活は結婚を機に終わりだろう。誰もがそう思っていたようだ。「続ける」と言うと、両親を含め多くの人が「せめて2人で10アンペアにしたら」と反対した。

2012年7月、「普通の暮らしはできない」と電力会社の人に忠告されながら5アンペア生活を始めた。エアコンがわりに扇風機と行水、炊飯器は鍋炊きにかえた。名古屋に転勤した後はベランダにソーラーパネルを設置。今では扇風機もポータブル冷蔵庫も太陽光で動かしている。

「2人でもできる」。私はそう思ったが、無理強いはよくない。6歳年下で保育士の妻(34)に確かめると「やってみる。でも、だめだったらすぐおしまいね」と言った。クギも刺された。「エアコンがないと暮らせない」「ドライヤーと冷蔵庫は必須」。難題を抱えたまま、2人の5アンペア生活は始まった。

暑い夏の日、エアコンの利いた会社にいる私に妻からメールが届いた。「部屋の気温、36度」。「無理しないで」と返信することしかできない。妻は結局、近所の喫茶店へ避難した。

その夜、「長野の果樹農家の手伝いに行こうかな。ここより涼しいでしょ」と言われた。なんとか笑って取りなしたが、いつ「もう、無理」という判断が下されるのか、気が気でない。

しばらくすると彼女は「暑い家にいなければいい」と気持ちを切り替えたようだ。今日は喫茶店、明日は図書館と、涼を求めて街を巡り始めたのだ。クールシェアの実践と言えなくもない。秋には仕事を始め、暑い日中の家を脱出した。

「必須」と言っていたドライヤー。妻は扇風機に目をつけた。風を「最強」にし、その前で頭を左右に振る。これで髪はきっちり乾くらしい。

しかし秋が深まると使い物にならなくなった。風が冷たすぎるのだ。「ドライヤーがないとだめだ」と不機嫌になる妻。もうダメかと思ったとき、小型石油ファンヒーターの温風を使うことを妻が思いついた。消費電力は最大200ワット(2アンペア)で、ドライヤーの6分の1。ベランダ発電で十分動かせる。

毎月の電気代は2人でも200円台前半を維持している。5アンペア生活といっても特別な技術は必要ない。電気をつけっぱなしにしない、掃除はほうきでする。電気に頼り、スイッチ一つで済ませていた暮らしの一コマ一コマを、少しだけ人の手に返してやればいい。

最初は「炊飯器がほしい」とこぼしていた妻も、火を操って鍋で米を炊く喜びを知ったようだ。最近では「完璧な炊きあがりでしょ」と喜んでいる。「掃除機がほしい」と時々言うが、頻度は減ってきた。妻に質問してみた。

 「5アンペア生活、楽しい?」
 「楽しくない」
 「この生活、つらい?」
 「全然、つらくない」

エヘヘと笑う妻。電気がない、イコール不便な暮らしではない。5アンペア生活はこの7月で3年を迎える。


■震災きっかけ、電気代月212円

福島県の郡山支局に勤務していた時、私は東京電力福島第一原発事故を体験した。

それまでは家電製品に囲まれた電気漬けの生活をしていた。原発事故をきっかけに電力会社に頼らない暮らしを目指すことにした。東京転勤後、一度に流せる電流の上限である契約アンペアを40アンペアから最小の5アンペアに落とした。

原発稼働を前提として、エネルギー政策の未来が議論されている。そんな時だからこそ、一人ひとりができる範囲で電気に過度に依存しない暮らしを考え、実践することが必要ではないかと思った。

電子レンジがなくても蒸し器で温めれば事足りるし、豆炭あんかで暖もとれるとわかった。12年10月には大型冷蔵庫の24時間稼働をやめた。

13年9月に名古屋に転勤した後、ソーラーパネルキットを購入した。電力会社の電気で動かしている家電は、洗濯機と温水式洗浄便座(温水と便座ヒーターは切っている)、それに照明少々とインターホンぐらい。

2人暮らしとなった後の電気使用量は月平均で5.2キロワット時、電気代は月平均212円。節電をすれば、ほかのエネルギー消費にも敏感になる。この冬の灯油代は合計で1万5千円ほど。都市ガスは最も多かった先月で20立方メートルほどで、5千円ちょっとに収まった。

< 契約アンペア >
東京電力をはじめ北海道、東北、中部、北陸、九州の6電力会社は、契約アンペアの値が小さいほど基本料金が安くなる。東電の場合、最小の5アンペア契約に基本料金はない。基本料金は10アンペアで280円80銭、20アンペア5561円60銭、40アンペア1123円20銭となっている。


■節電生活による変化■

【手放したもの】       
 ・電子レンジ         
 ・炊飯器           
 ・ドライヤー         
 ・掃除機           
 ・320リットルの大型冷蔵庫 
 ・大型ハイビジョンテレビ   
 ・エアコン          

【代わりにそろえたもの】
 ・蒸し器
 ・ふた付きの鍋
 ・石油ファンヒーター
 ・ほうき
 ・ポータブル冷蔵庫
 ・小型DVDプレーヤー
 ・省エネのDC扇風機
 ・豆炭あんか


▼訂正して、おわびします
13日付生活面「5アンペア 新婚でもできた」の記事で、契約アンペアの説明として「東電の場合、最小の5アンペア契約に基本料金はなく、電気を使わなければ電気代はかからない」とあるのは誤りでした。5アンペア契約は基本料金の設定はありませんが、無使用でも約230円の最低料金などがかかります。事実確認が不十分でした。





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税金は? 排水は? 「小屋暮らし」の理想と現実

●2015/4/28  税金は? 排水は? 「小屋暮らし」の理想と現実――THE PAGE

若者が手作りの家でローコストの生活を営む「小屋暮らし」が注目を集めています。量販店で建材や食料を、インターネットで情報を仕入れながら、人家の少ない郊外でしがらみのない自由を満喫するライフスタイル。ただ、実際には税金や法律、周辺住民との関係などの諸問題もかかわってきます。小屋暮らしの先駆者や弁護士の意見を交えて、その理想と現実の問題をまとめてみました。

■10万円で建築、生活費は月2万円

5年ほど前から山梨県の山あいで小屋暮らしを続け、「寝太郎」のニックネームで知られる高村友也さん(32)。

理想とする生活を「固定費を抑えて必要最低限(Basic)に」「素人が試行錯誤で遂行でき(Babyish)」「A級ではなくB級」などの意味で「Bライフ」と名付け、自ら実践。ブログや著書も出版して、多くのフォロワーを生み出しています。理想を掲げるだけでなく、その情報発信は土地探し、小屋の組み立て方はもちろん、必要な収入や保険、さらに建築基準法や農地法、廃棄物処理法、河川法といった法律問題も一通り押さえるなど、とても現実的です。

「僕も最初は無計画で、とりあえず土地を買ってしまってから少しずつ勉強していきました」という高村さん。いざ小屋を建てようと法律を調べると、「土地に定着する工作物で、屋根・柱・壁を有する」という建築基準法上の「建築物」は、「金槌もろくに握ったことのない」自分では造れそうもないと判断。ならば「土地に定着させなければいいのか」と役所に確認しに行くと「その通り」だと言われ、基礎を固定しない「小屋」を建てることにしました。

購入した山林の一部に3坪の木造平屋を自力で建てた総費用は約10万円。電気はソーラー発電、水は沢水や湧き水をくみ、火は主に枝木を拾ってペール缶などで自作したロケットストーブと薪ストーブで調理や暖房。生活費は月2万円程度で済み、短期バイトなどでまかないつつ、悠々自適に暮らす日々だそうです。

■厄介なのは排水やトイレ問題

生活上の一番の問題は排水や廃棄物の処理。「水は手に入れるより捨てる方が厄介です」と高村さん。地域の条例などによって違いがあるそうですが、家庭内から出る排水は原則、下水管や浄化槽を通さなければなりません。高村さんの土地に下水管はなく、合併浄化槽は設置に数十万円がかかります。そこで洗剤や石けん、歯磨き粉などは一切使わず、食器類は油を必ず拭き取り、「水だけでピカピカ」になるスポンジで洗うことにしました。

すると排水はほとんど無害になるので、畑にまけます。ラーメンの汁など、塩分の多い排水は別の配管に分けて自然蒸発。尿は排水と一緒に畑へ。大便は自作のコンポストトイレで発酵させ、やはり畑の肥料にします。コンポストには米ぬかをかけていましたが、最近は薪ストーブの灰をかけると消臭作用があり、虫や動物も寄ってこないと分かったそうです。

「排水の規制は地域によって厳しかったり緩かったりで、害がなければ垂れ流しでいいところもあるようです。また、建築物かどうかの判断も地域や担当者によって解釈が異なりますので、事前に問い合わせるのが確実。建築基準法とは別に、その建物が住宅として課税されるか否かという調査、判断もあります」と、慎重に「法令順守」する高村さんは、これまで苦情を受けたり、トラブルに見舞われたりしたことはないそうです。

■周囲に迷惑掛けず、最後まで責任を

こうしたライフスタイルは、法律のプロである弁護士から見るとどうでしょう。不動産や相続から空き家問題などまで手掛ける、みずほ中央法律事務所の三平聡史弁護士は「トレーラーハウスなどの扱いに似ていますが、土台がなく、上下水道もパイプで固定していなければ確かに建築基準法上の建築物にはなりません。登記しなければ固定資産税なども問題にならないでしょう」と認めた上で、「最も心配なのは、悪臭や火災による延焼などで近隣に被害を及ぼす恐れ」だとします。

「台風で屋根が飛んで周りの住宅や人を傷つけるようなことも『想定外』ではなく考え、対策をしておくべきでしょう。また、長く留守をしたり、気が変わって小屋暮らしをやめたりすると、放置された小屋にホームレスが住み着くことや犯罪の拠点になることもあり得ます。長期的な生活で周囲に迷惑を掛けないように、最後は解体して元に戻すところまで責任を持って、小屋暮らしを楽しんでほしい」。三平弁護士はこうしたアドバイスを寄せました。

小屋暮らし的な生活は、さかのぼると鴨長明の『方丈記』からヘンリー・デビッド・ソローの『森の生活』、ヒッピー・ムーブメント、最近の「0円ハウス」や「ノマド」ライフなど、形を変えていつの時代にも一種のあこがれとして存在します。特に日本の若者は、会社組織の縛りや地域社会のしがらみから解放されたいといった願望や、東日本大震災以降はエネルギーの自立という切実な問題意識も抱えていることでしょう。

そこにホームセンターなどで安く多様な建材が買えたり、若者同士がネットを通じて欧米の「スモールハウス」などについて情報交換したりするなど、時代や技術が追いついてきました。上の世代からはまだ田舎暮らしの延長や「世捨て人」的なイメージで見られるでしょうが、これからの世代には人生のポジティブな選択肢の一つとして広まっていくかもしれません。

「日曜大工などの経験がまったくない僕のような素人が、単に家賃節約のためだけに小屋暮らしを始めると、思ったよりお金や時間がかかってしまい、アパートのほうがよかったということになりかねません」という高村さんも、お金や法律の問題を最低限踏まえた上で、小屋暮らしの心構えについてこう助言します。

「自分の土地や城がほしい、自然に囲まれた暮らしがしたい、静かな環境がほしい、DIYで小屋を建ててみたい、高消費生活に疑問を感じる、生活を心機一転したい…。動機は人それぞれ違うでしょうが、コストパフォーマンスに加えて何か一つでも惹かれるものを感じれば、小屋暮らしはきっと面白くなるでしょう」





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生活費は月3万-5万円 自作の小屋で暮らす若者たち

●2015/4/11  生活費は月3万-5万円 自作の小屋で暮らす若者たち――朝日新聞デジタル

自作の小屋で暮らす若者が千葉県内で相次いでいる。郊外の手頃な土地を購入し、量販店で仕入れた建材でインターネットを見ながら自らで建築。普段の生活は井戸水を使い、電気も最低限の電流を契約する「エコ」な暮らしぶりだ。ネットでその輪も広がりつつある。

九十九里浜にほど近い九十九里町作田。吉田克也さん(28)は一昨年11月に東京・世田谷から自転車でリヤカーを引いて移住してきた。

ネットで検索して見つけた140平方メートルの空き地を45万円で購入。業者に依頼して井戸を掘り、最低電流の電気も引いた。

テントで暮らしながら、近くのホームセンターで建材を買い、ネットに掲載された建築の方法を参考にして毎日少しずつ建設。約1ヵ月で4畳ワンルームの小屋を完成させた。ここまでの出費は計約90万円。

普段の生活も質素だ。水道代は無料だが、電気代は月約400円。日々かかるのは食費がほとんどだが、家庭菜園で野菜を作ったり、近所から食料品を分けてもらったりも。締めて月3万~5万円ほどの出費だ。「節約するつもりはないのだが」と吉田さん。

岩手県出身の吉田さんは高校卒業後、都内の食品会社に勤務し、退職。自身の生活を充実させたいと同町への移住を決めた。

「気候もいいし、暮らしやすい立地だった」。現在は東金市の職業訓練校に通い、左官の技術を学ぶ。今後は就職活動を本格化させるが、「今を頑張って生きていれば、未来につながっていけるのでは」と話す。

意外だったのは独り暮らしなのに孤独ではなかったこと。ネットで生活の様子をブログで更新すると、反響が次々に寄せられた。県内外の小屋仲間と知り合い、交友関係が広がった。

その一人、介護福祉士の田川敬之さん(30)も一昨年2月、たまたま吉田さんと同じ地区に土地を購入。小屋暮らしを計画していた時に吉田さんの存在を知ったという。「本当に偶然だったので驚いた」。120平方メートルの土地を35万円で購入。昨年2月から少しずつ自分で建築し、今後3ヵ月ほどで完成させる予定だ。「小屋暮らしを始めて生活にゆとりができた。何よりもネットを通じて人脈の幅が広がった」という。

2人はネット上で意気投合し、今ではたびたび食事をともにするほどの仲に。交流の輪は全国に広がるが、県内では茂原市や我孫子市などの「小屋仲間」と交流。移住の相談も多く持ちかけられているという。





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「緑の思想」とは

●2013/7/18  左でも右でもなく経済成長を目的としない政党、緑の党とは?――日刊SPA!

今回の参院選挙で初めて「緑の党グリーンズジャパン」という政党が10人の立候補者を登録。今年からネットでの選挙活動が解禁となったが、同党の候補者である三宅洋平氏がtwitterの「つぶやかれ」数ダントツである山本太郎氏(無所属)と1位を争うなど、特にネット上で話題になっている。ほかにも福島第一原発事故被災者や自死遺族NPOの代表者などの候補者を主に擁立しており、既成政党とは一風変わった雰囲気を醸し出している。一体どんな政党なのだろうか?

「緑の党」の源流となる、中村敦夫氏が設立した「みどりの会議」以来の中心メンバーで、7月に『緑の思想』(幻冬舎ルネッサンス)を上梓した足立力也氏はこう語る。

脱原発、TPP反対、消費税増税反対など、政策的には「緑の党=左派」と見られがちですが、「左派」でも「右派」でもありません。それは、経済政策に関する主張を見るとよくわかります。

「右派」と呼ばれるグループは、経済全体のパイ(例えばGDP)を増やすことが一番大事だと主張します。「左派」は、労働者への富の分配が一番大事だと主張します。実は、どちらも経済全体のパイを増やすことと、労働者の富も増やすことの両方を主張しているのには変わりありません。違うのは、経済全体と労働者のどちらを優先すべきかという順番だけ。

「緑の党」がこれら既成政党と違うのは、GDPで測られる経済成長そのものに疑問符を投げかけている点です。地球資源によって制約を受けている以上、経済成長も無限ではありえません。これはすでに1972年、ローマクラブの「成長の限界」という報告で明らかにされています。この年に世界初の「緑の党」が誕生しました。

無限の経済成長を否定するところから「緑の思想」は始まります。国際的な資源の枯渇や国境を越えた環境汚染、世界的気候変動などに見られるように、すでに地球は限界に来ています。ですから、経済そのものをスローダウンさせなければなりません。これが、「緑の党」が右派でも左派でもなく、「前へ」進むための新しい思想潮流と言われるゆえんです。

EU議会における「緑の党」の会派は58議席で4番目の大きさを誇り、ドイツやフィンランド、チェコなどでは連立政権にも参加しました。ドイツ「緑の党」は、脱原発と再生可能エネルギーの普及への道筋をつけました。フランスでは現職の閣僚が2人いて、電力供給における原発依存率を現在の8割から5割まで下げることを政権に確約させました。ほかにも、オーストラリアでは10人の国会議員がキャスティング・ボートを握り、炭素税を導入させました。ラテンアメリカでも、コロンビアやブラジルの大統領選挙で大接戦を演じています。現在、世界的な「緑の党」のネットワークである「グローバル・グリーンズ」には、90の国と地域の緑の党が加盟しています。世界中で今、「緑の流れ」が加速しているのです。

ですが、アジア地域では現職の国会議員がおらず、世界の中では出遅れています。そのため「グローバル・グリーンズ」は今月11日に声明を発表し、グローバルな緑の潮流を更に加速させるため、日本の参院選において「緑の党グリーンズジャパンを応援する」ことが確認されました。今、日本の「緑の党」は世界からも注目を浴びているのです。





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資本主義を「卒業」しよう

●2014/4/2  資本主義を「卒業」しよう――だいずせんせいの持続性学入門

「現在のグローバリゼーションで何が起きるかというと、豊かな国と貧しい国という二極化が、国境を越えて国家のなかに現れることになります。・・・グローバリゼーションとは南北で仕切られていた格差を北側と南側各々に再配置するプロセスと言えます。すでに先進国では1970年代半ばを境として、中間層の没落が始まっています。」(水野和夫『資本主義の終焉と歴史の危機』集英社新書2014年p.89)

高度経済成長によって「一億総中流」を達成した日本。農村から人々が大挙して都市にやってきて、サラリーマンになり新しい中間層を形成した。農村に残った人たちも兼業農家となり、勤め先で給料をもらうことによって豊かになった。示唆に富む図表が多く載っている本書の中でもとりわけ目をひいたのが、名目GDPと雇用者所得の間の弾性値の長期的な変化の図である。この弾性値とは、GDPが1%増加した時に、雇用者所得が何%増加するかという比を示している。これが1であれば、経済成長の果実を雇用者もそのまま受け取っているということを意味している。日本では1970年代から90年代にかけて1を維持していたところから、その後急落、最近ではゼロをきってマイナスとなっている。つまり経済は成長しても雇用者所得は減少するという事態になっている。

これは具体的には雇用の自由化による非正規労働者の増加という事態を反映している。企業にとって正社員のコストは売り上げがあってもなくても給料を払わなくてはいけない固定費となる。それにたいしてパートやアルバイト、派遣労働者は仕事がある分だけ給料を支払う変動費となる。企業にとっては利益を確保するために有利な雇用形態である。

しかしながらその結果、かつての「一億総中流」から「中間層の没落」という状況が生まれている、と筆者は主張する。

都市で暮らす若い世代と話していると、彼らの心の中に深くよどむように存在する不安を感じ取ることができる。親たちは「中流」への道を上昇しその果実を謳歌してきた。子どもの自分たちは、そのような暮らしはとても手に入らないだろう。いつまでも親のスネをあてにしている自分たち。一方、お金がなくては都市では暮らしていけない。将来「くっていける」のだろうか?・・・これが世代をまたいだ「中間層の没落」の姿であろう。

ゼロ金利、ゼロ成長、ゼロインフレのここ20年の日本経済は、資本主義が終焉を迎えたことを意味する。いたずらに成長をめざすのではなく、資本主義を「卒業」して新たな社会・経済・国家のシステムを構築することをめざすべきだ、というのが筆者の主張である。その時にどのようなシステムになるのか。人々の暮らしはどのようなものになるのか。筆者はそのイメージを提出することはできていない。

そのヒントは、都市からいなかに移住してきた若者たちの姿にあるのではないだろうか。彼らはそもそも「雇用」という働き方をよしとしない。自分のやりたいことは別にあって仕事はあくまでお金を稼ぐ手段、という日々の暮らし方に辟易として、サラリーマンをやめて、あるいはそうなるのをやめて、いなかにやって来た。耕作放棄地を借りて田んぼで米をつくり、チェンソー片手に山に入り薪をつくって薪ストーブで暖をとる。山菜やキノコを採り、獣を解体し、漬物やジャムなどの保存食をつくり、味噌や醤油を仕込み、古着をほどいてモンペを作る。できるだけ自分の暮らしを自分の手でていねいにやっていきたい。お金があまりなくても安心して暮らせる暮らしがしたい。そういう暮らしこそ自分たちがやりたいことである。

しかしながら、いなかにおいても、農業・林業と他の稼ぎをあわせて、都市住民に匹敵するような収入を得てはじめて一人前、という認識が確立している。実際、1980年代半ばくらいまではそうできたのである。しかしその後、農業・林業はお金にならなくなった。その前提のもとでは、移住してきた若者たちは一人前とはみなされないことも多い。しかしながら、農村においてもそういう見方こそ変わらなくてはいけない。

もっとも、いなかの許容力からいうと、こういう暮らしができるのは全体の一部である。耕作放棄地が解消された時点でもう入ってくる余地はなくなる。厳しいけれども「先着順」である。

多くの都市に住む若者たちは、より困難な状況の中で、参考とするモデルがない中を暗中模索するほかないだろう。世界の都市で広がっているトランジション・タウンの取り組みなどはそのような模索のひとつだろう。人間が生きていくのに必要なのはいつの時代も希望である。いなかとつながり、グローバリズムに対抗する徹底したローカリズムでもって、将来の希望を見出してほしいと思う。





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〈覇権主義的格差社会論〉から〈ヘタレ主義的格差社会論〉へ

(1)

例えば、格差や貧困の問題に取り組んでいる人物として、雨宮処凛さんがいる。彼女はしばしば、「ネットカフェ難民の中にも、『将来は事業を起こして、金持ちになりたい』という夢を持っている人がいる。しかし今のままでは、そんな夢を叶えることはできない。だから、格差社会問題に取り組むのだ」といった趣旨の発言をする。こうした発言から、彼女の唱える格差社会論とは、「負け組が勝ち組になること」「負け組でも勝ち組になれる環境を作ること」であるというのが分かる。もちろん、これは何も雨宮さんに限った話ではなく、そうした主張をする人は他にもいるだろう。

このような格差社会論の在り方を、勝ち組を目指してひたすら競争を続けるという意味で、ここでは〈覇権主義的格差社会論〉と呼ぶことにしたい。あるいは、〈上昇志向型格差社会論〉と言ってもいいかも知れない。



(2)

さて、先述のネットカフェ難民の欲望であるが、それは果たして是認されるべきものなのだろうか。もちろん、そのネットカフェ難民の欲望は誰にも否定することはできないし、否定されてはならない。その前提の上で、私・ばたお的には“脱・競争主義”という立場から、件のような欲望を実現するための格差社会論を認めることはできない。

そもそも、「将来は事業を起こして、金持ちになりたい」という夢を持ち、その実現に向けて奮闘しているネットカフェ難民は、恐らく負け組でも社会的弱者でもない。むしろ、既に勝ち組なのであり、社会的強者であると定義した方が適切だと思われる。



(3)

私・ばたおは、負け組は「負け組という立場」のまま幸福を追求すればいいと考える。それこそが、現在の競争至上主義的な社会から逃れられる手段であるからだ。自給自足の生活を目指している理由の1つも、実はこれである。

そんなわけで、これからの格差社会論の在り方は、負け組が「負けたまま」でも幸せに生きていける社会の実現を目指すという〈ヘタレ主義的格差社会論〉でいいのではないだろうか。





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「競争でうまくいく社会」より「競争しないでうまくいかない社会」の方がいい

(1)

競争主義に反対する立場には、大きく分けて2つあるような気がする。1つは「競争ではうまくいかないから反対する」という立場で、もう1つは「競争そのものに反対する」という立場である。

前者は、「仮に競争でうまくいくならば、そうした競争社会に反対することはない」という意味なので、これを競争主義に対する条件付き賛成派と呼ぶことができる。一方の後者は、「仮に競争でうまくいくとしても、そうした競争社会には反対する」という意味なので、これは競争主義に対する絶対的反対派である。



(2)

やや話は飛躍するが、例えばアベノミクスやTPPに対して、「個別具体的な政策がうまくいかないから反対する」という立場と「理念そのものに反対する」という立場があるが、(1)の議論はこれと相同的である。

前者は、「仮にアベノミクスやTPPがうまくいくのならば、それに反対することはない。より良いアベノミクスやTPPが実施されるべきだ」という意味なので、条件付き賛成派である。一方の後者は、「仮にアベノミクスやTPPがうまくいくとして、それでも反対する」という意味なので、絶対的反対派である。



(3)

私・ばたおは、「競争でうまくいく社会など御免である」と考える。従って、競争主義に対する絶対的反対派なのかも知れない。しかしながら、他人が好きで競争することを否定したくもない……。もっとも、競争しなければうまくいかないぐらいであれば、死に物狂いで競争するよりも「競争しないでうまくいかない社会」の方がいいような気がする。





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15年間お金を使わずに生活しているドイツの女性の実践例

●2011/7/11  まさに夢の生活! 15年間お金を使わずに生活するとても豊かな生き方――ロケットニュース24

ドイツのとある女性の生き様が、現地メディアで取り上げられ、注目を集めている。彼女はこれまで15年間、お金を一切使わずに生活しているというのだ。しかし、彼女はホームレスではなく、衣食住に不自由なく暮らしているという。

また2冊の著書を出し、彼女の生き様はドキュメンタリー映画にもなっているのだ。では一体、どのように暮らしているのだろうか? どうやら彼女の生き方には、さまざまな知恵と工夫があるようだ。

お金を使わずに生きる女性、ハイデマリー・シュヴァルマーさん(69歳)の人生は、決して楽な歩みではなかった。東プロイセン(現在はポーランド、ロシア、リトアニアが分割統治)で生まれた彼女は、第二次世界大戦後に家族と共にドイツに難民として移住した。大人になり20年間教師として務めた後に、精神科医として働くこととなった。

学校教師として働いている間に結婚し、2人の子どもを設ける。しかし、夫との関係がうまく行かずに離婚し、女で1人で子どもたちを育てることとなる。

そんな彼女の人生に大きな変化が訪れる。1989年、2人の子どもを連れてドルトムント市に引っ越したときのこと、彼女は多くのホームレスの姿を目の当たりにし、衝撃を受けた。彼らのために何かできないかと思案した末に、1994年「譲り合いセンター(Give and take central)」を設立する。

これは、お金を使わずに価値を交換する施設である。たとえば、古着を台所用品と交換できたり、車に関するサービスを提供する見返りに、配管サービスを受けられたりなど、価値と価値を交換することができるのだ。この施設は、数多くの失業者の助けとなり、彼女のアイディアを真似した施設が、ドイツに多数誕生した。

お金にはならなくても、知恵や技術を持ち合わせた人が集まることにより、お互いを助け合うコミュニティが形成されたのだ

この成果から、彼女は暮らしていくのに、「お金」は本当に必要なのだろうか? と疑問を抱くこととなった。自分が欲しいもののために、相手に貢献することこそ、本当の仕事だと理解したのだ。

そして、お金のためだけに働くことが、精神的・肉体的に苦痛を伴うとはっきりわかり、施設設立から2年後に仕事を辞めることなる。さらに、子どもが大きくなり家を出て行くと、不要なものはすべて廃棄、アパートさえも引き払ったのだ。

お金を手放し、仕事を手放し、家さえも手放した彼女。しかし暮らしていくのにはまったく困ることのない、自由な生き方を手に入れたのである。当初は1年間だけの実験であったはずが、すでに15年間も続けている。

彼女が暮らしていけるのは、「譲り合いセンター」があるおかげだった。ここに物々交換所であるだけでなく、宿泊施設も備えていた。さまざまな雑用をこなせば、寝泊りすることができる。また、彼女を迎えてくれる家庭も少なくない。というのも、施設を作ったおかげで失業者たちは自らの技能を活用できるようになり、また出版したおかげで、豊かな生活を送れる人が増えたのだ。彼女に感謝している人の数は計り知れない。

そして何より、彼女自身働き者だった。家事はもちろんのこと、雑用でも何でもしっかりとこなしてくれる。一晩泊めるだけで家中のことがはかどるのは、主婦にとって有難いことであった。自分が働けば働くほど、喜ぶ人が増え、欲しいものが手に入る。そうして彼女は、お金を稼ぐことでは味わえなかった豊かさを得たのだ。

そんな彼女は普段、スーツケース1個で生活している。必要なものはそれだけ。緊急時のために200ポンド(約2万2000円)を蓄えている以外は、すべてのお金を寄付している。著書やドキュメンタリー映画の売り上げもすべて寄付しているそうだ。

1つだけ問題があるとすれば、それは健康保険を支払っていないため、病院に行けないことだ。病気やけがの心配があるのだが、彼女は自然治癒力で、治すと豪語している。

夢のような暮らしぶりなのだが、慣れるまでは随分苦労したに違いない。いずれにしても、いろいろな欲求をコントロールできない限り、彼女のように生きて行くのは難しいのではないだろうか。



※補遺
「既存のお金を介さず、価値と価値を交換する」というのは、いわゆる交換リング型の地域通貨である。これは、価値をどこかの大企業に流さず、自分たちのコミュニティの中で循環させる機能を果たすものであり、「もうひとつの経済」をつくっていく試みの1つとして注目されている。




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ドイツ人女性の体験 by Alex
ばたおさん、こんばんは!この前は大変お世話になりました。

ところで、15年ほどではありませんが、一年間もお金を使わずに生活したドイツ人を発見しました。経済システム崩壊後の生活がどのようなものになるのかを体験したかったとのことですが、案外、日本がアルゼンチンのようにデフォルトしても、ひょっとしたら大丈夫なのかもしれませんね。

逆に言えば、我々の生活が余りにも不要な物に囲まれてアクセク働いているのだと言えそうです。

http://shanti-phula.net/ja/social/blog/?p=68973
Re: ドイツ人女性の体験 by ばたお
Alexさん

こちらこそ、お世話になりました。

さて、件のドイツ人ですが、面白い社会実験ですね。
問題意識を同じくする人とのつながりを作っていくことも重要だと思います。

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なぜか不機嫌な日本人(2)「個人に対する社会の寛容さ」が幸福につながる

●2013/7/16  中国より低い日本の幸福度――なぜか不機嫌な日本人の不思議【2】――PRESIDENT Online

中国に抜かれたとはいえ、日本は世界で3番目の経済大国である。しかし、いろいろなデータを紐解いていくと、日本人の幸福度は決して高くはないことがわかってくるのだ。「不機嫌」の正体を探ってみた。

国内から世界に目を転じてみよう。公的機関による調査で、対象国の多いことからよく参考にされる指標の1つが国連開発計画の「人間開発指数(HDI)」。経済的な側面だけではなく、保健、教育、所得に関する国際比較可能な統計データに基づいて開発度合いを算出し、国別のランキングを行っている。11年の調査では187の国と地域がカバーされ、トップはノルウェー、最下位はコンゴ(図3)だった。日本は12位とトップテン入りを逃したものの、確かに上位につけている。


  ▼図3 「客観的」幸福度世界ランキング
  図3 「客観的」幸福度世界ランキング


しかし、こうした統計データに基づく客観的な幸福感に関する調査の限界を指摘する声もある。国際文化アナリストで個人の幸福感と社会との調和を論じた『幸福途上国ニッポン』の著者でもある目崎雅昭氏は、「客観的な指標のように思えるが、どの統計データに基づくか、選択する時点で調査する側の主観が入っている。また、その国で暮らす人々の感情が一切考慮されておらず、本当の意味で1人ひとりが感じている幸福度とは違う」と指摘する。目崎氏は10年かけて世界100カ国以上を回り、各国の人々の幸福度合いを肌で感じてきた経験を持っている。例えば、01年に財政破綻を起こし、HDIで45位のアルゼンチンには、新興国「BRICs」の一翼を担う隣国ブラジルのような経済的な勢いはない。しかし、首都ブエノスアイレスのどのレストランも毎日盛況で、タンゴを踊るサロンは朝まで活気に満ち溢れており、さほど不幸なようには思えなかった。

そこで目崎氏が注目するのが、心の内面について調査対象の個々人に直接質問し、その回答を評点化した主観的幸福感の調査だ。その1つが図4のワールド・データベース・オブ・ハピネス(WDH)の調査結果である。WDHはオランダのエラスムス大学のルート・ヴィーンホーヴェン教授が主宰する機関で、「現在の生活にどの程度満足しているか」と質問し、「非常に満足している」を10、「非常に不満である」を0とし、10から0までの尺度で回答を得て評点化。09年の調査で日本はHDIのときと変わってランキングを大きく下げ、中国やギリシャよりも低い60位にようやく顔を出す。逆にアルゼンチンは21位にランクインした。同様なデータが米国ミシガン大学のロナルド・イングルハート教授が中心になって調査したワールド・バリュー・サーベイ(WVS)で、直近の05~08年にかけての調査で日本は42位、アルゼンチンは32位だった。私たち日本人は世界的にみてもそれほど幸福だとは感じていないようである。もっともWDHやWVSのような調査に対しては、「謙遜が美徳とされる日本では、自分が幸福であるとアピールすることが少ない。過少申告した結果が出ているだけではないか」との批判も一部にある。しかし、目崎氏は「もしそうだとしたら、幸せであっても、それを告げることは“タブー”という文化が存在することになる。そうした文化は決して幸福とはいえず、結局は日本人の幸福度の低さを証明するはずだ」と反論する。


  ▼図4 「主観的」幸福度世界ランキング
  図4 「主観的」幸福度世界ランキング

■求められる脱集団主義

心理学者のマーティン・セリグマン氏によると、宗教を信仰している人のほうが、信仰心の低い人よりも幸福度が高いという。しかし、日本では「人生において神はどれだけ重要か」との質問に対して、「とても重要」という回答はたったの6%にしかすぎなかった。そうした信仰心の低さが、日本人の低い幸福度の原因になってはいないだろうか。日本人とは逆に、イスラム教への信仰心が高いことで知られているのが中東諸国の人々だ。それに中東は産油国が多く、経済的にも豊かである。例えば、カタールは10年の1人当たりのGDPで世界トップクラスの金持ちに躍り出た国。病院や学校がすべて無料で、住宅も無料で提供されている。それなのに図4のWDHのランキングは37位にとどまり、フィンランド、ノルウェーなど北欧諸国の幸福度には遠く及ばない。この点について目崎氏は「個人の自由を制限する厳格なイスラムの戒律が、幸福度を低くしているのではないか」と見ている。アメリカではWVSの同じ質問に対して58%の人々が「とても重要」と答え、主要先進国のなかで最も高い数値を示している。しかし、WDHのランキングでは20位で、やはり北欧諸国の後塵を拝している。同様の回答は幸福度トップクラスのフィンランドで18%、ノルウェーでも10%でしかなく、信仰心と幸福度の高さはあまり関係ないようだ

それでは幸福度と密接な関係あるファクターとは何かというと、目崎氏は「個人に対する社会の寛容度だ」と指摘する。人類は誕生してから長い間、食料を確保して生き延びるため、狩猟における役割分担を決めるなど、集団主義の下での生活を余儀なくされてきた。その後、文明の発達とともに畑作や放牧などの技術が確立され、余裕のある生活が実現し、個人主義を受け入れる社会的な余地が生まれる。そこから個々人による幸福の追求も始まってきたのだ。そうした社会の寛容度を示す尺度として目崎氏が着目するのが、WVSで「自分が自由と感じているか」と尋ねた“主観的な自由度”に関する回答だ。「とても感じる」から「全く感じない」までを10段階で評点化したランキングが図5で、幸福度上位のメキシコ、コロンビア、アルゼンチンの中南米のほか、スウェーデン、ノルウェーの北欧諸国がトップクラスに名前を連ねている。さらに目崎氏がWVSとWDHの幸福度との相関係数を計算したところ、おのおの0.63ポイント、0.70ポイントだった。1ポイントに近いほど相関関係が強く、幸福度の相関関係はかなり高い。

いま世界一幸福な国として知られるのがブータン。同国はGNH(国民総幸福度)という基準で幸福度を測っている。そのなかには、生活水準、健康、教育などの9つのファクターがあるのだが、個人の自由度に関するものは含まれていないという。「GNHにもとづいた国づくりの意義は否定しない。しかし、ブータンでは社会の安定が個人の自由や権利よりも優先されているように思え、幸福度が本当に高いかどうかは疑問だ」と目崎氏は語る。翻ってみて日本はどうか。主観的な自由度に対する評点は6.1にすぎず、エジプト、マリと並んで48位。もちろん主要先進国のなかでは最も低く、中国の7.2、ロシアの7.0をも下回っているのだ。民主主義国家に暮らす我々日本人としては愕然とするデータだろう。「日本人は見えない集団主義に縛られている」と目崎氏はいう。

社会的な少数派に対する平等な権利の保証度合いも幸福度と強い相関関係にある。その少数派として同性愛者に着目し、彼らに対する権利の保障度合いを検証した目崎氏は、「幸福度の高い国では同性結婚を認めているケースが大半だった。逆に同性婚を認めていない国で、幸福度の高い国はほとんどなかった」と指摘する(図5)。


  ▼図5 「自由度」ランキング&同性婚寛容度
  図5 「自由度」ランキング&同性婚寛容度


では、これから日本人が幸福になっていくための処方箋とは、一体どのようなものなのか。目崎氏に問うと、「目に見えない集団主義からの脱却を図り、個々人が幸せを追い求めていくことが何よりも重要ではないか。人は自分の幸福の実現によって、はじめて社会全体のことにも目が向くようになる」という。デフレ経済で足踏みしているとはいえ、日本は世界第3位の経済大国。冒頭で見たGDPの伸びに対する生活満足度の低さも、本来得るべき労働分配を求めることに躊躇していたからなのかもしれない。相手の意見にも耳を傾けながら、主張すべきは主張する。そんなディスカッションを続けていくことで、個々人の新しい幸福のあり方が見えてくるのではないか。





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 by ひで
あなたみたいな社会の負け犬が何をいっても無駄ですよ。
世の中を変えたければまずは権力者になりなさい。
Re: タイトルなし by ばたお
ひで さん

コメントありがとうございます。

おっしゃる通りです……Orz
社会に影響力を持てるように努力する必要はあるのかも知れません。

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プロフィール

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Author:ばたお
・1983年大阪府生まれ。大阪府河内長野市在住
・半自給農民、工場非常勤。できるだけ稼がず、できるだけ消費しません。シェアハウス運営
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