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宮崎駿「憲法を変えるなどもってのほか」

●2013/7/19  「改憲 もってのほか」 宮崎駿監督 いま声を大に――東京新聞(TOKYO Web)

「憲法を変えるなどもってのほか」。スタジオジブリ(東京都小金井市)が、毎月発行している無料の小冊子「熱風」の最新号で「憲法改正」を特集し、宮崎駿監督(72)が寄せた記事が話題を呼んでいる。全国の書店では品切れが続出。ジブリ出版部は反響の大きさから、「参院選の投票日(21日)前に読んでほしい」と18日、急きょジブリ公式ページで公開を始めた。

熱風は「スタジオジブリの好奇心」が副題で、毎月趣向を凝らした特集を組む。過去には「デモ」「グローバル企業とタックスヘイブン(租税回避地)」など、社会的なテーマも扱ってきた。

編集長の額田久徳さん(50)によると、今回の特集を発案したのはプロデューサーの鈴木敏夫さん(64)。意見の分かれるテーマだけにためらいもあったが、参院選を前に「ジブリとしての旗色を鮮明にしよう」と腹を決めた。

執筆もジブリの重鎮に依頼。宮崎監督に加え、高畑勲監督(77)が「60年の平和の大きさ」と題して寄稿。本紙に5月、掲載された鈴木さんのインタビューも、「9条 世界に伝えよう」として収録された。いずれも憲法9条や改憲手続きを定めた96条の改憲に反対する内容だ。

宮崎監督は談話形式の記事で「選挙をやれば得票率も投票率も低い、そういう政府がどさくさに紛れて、思いつきのような方法で憲法を変えようなんて、もってのほかです」と明言。また、日本の戦争責任や産業構造の問題点などについても率直に語っている。

10日から全国の書店で配布した約5000部はあっという間になくなった。出版部にも「読みたい」と電話が殺到するなど、過去最高の反響という。「憲法を守るための最大の敵は国民の無関心。興味を持ってもらえたのがうれしい」と額田さん。

20日に公開される宮崎監督の最新作「風立ちぬ」は、ゼロ戦の設計士が主人公で、戦前が舞台。戦争の直接的な描写はないが、平和について考えさせられる内容も含んでいる。「たくさん考えて投票に臨んでほしい」。それがジブリの願いだ。





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改憲自体は“悪”ではないが、「民主的な憲法の在り方を変える」のは“悪”である

◆2013/7/3、日本記者クラブ  党首討論会 第一部 
 


(1)

参院選を控えた2013/7/3、9党党首による討論会が日本記者クラブで開かれた。これを受けて、翌日の各種メディアでは「アベノミクスをめぐり論戦」などといった報道がなされたが、憲法の位置付けに関する安倍首相の問題発言に触れたものはほとんど見られなかった。

その発言とは、第一部の終盤における福島瑞穂・社民党党首による「私は、憲法は国家権力を縛るものだと思っています。立憲主義です。総理はこれに同意をされますか。もし同意をされるとすれば、自民党の憲法改正案はこれに則ったものでしょうか」という質問に対する答えである。

●安倍・自民党総裁(首相)の発言

「立憲主義については、憲法というのは権力を縛るものだと、確かにそういう側面があります。しかし、いわばすべて権力を縛るものであるという考え方としては、王権の時代、専制主義的な政府に対する憲法という考え方であって、今は民主主義の国家であります。その民主主義の国家である以上、権力を縛るものであると同時に、国の姿について書き込んでいくものなのだろうと私たちは考えております」




(2)

まず、「(憲法が)権力を縛るものであるという考え方としては、王権の時代、専制主義的な政府に対する憲法という考え方であ(る)」という発言であるが、そもそも王権の時代・専制主義の時代に憲法など存在しない。なぜなら憲法とは、王政を打倒し、民主主義的な政府を作る過程において、王政時代に法外な税金・宗教弾圧・デタラメな戦争といった巨大な悲劇をもたらした統治権力の横暴を繰り返させないように、市民が統治権力をコントロールするために定めたものであるからだ。すなわち、憲法があるからこその民主主義なのであり、民主主義の時代だからこそ立憲主義なのである。

次に「国の姿」という発言の意義であるが、これは少し厄介である。そもそも憲法とは、「統治機構の在り方」と「人権」を定めたものであり、この「国の姿」というのが「統治機構の在り方」を指すものなのであれば、何ら問題はないだろう。しかし、安倍首相の意図するところは恐らく違う。すなわち、この「国の姿」の意味するものは、自民党の憲法改正案で示された「国を愛せよ」とか「家族は仲良くせよ」といった道徳論なのである。

立憲主義の否定、憲法への道徳論の記載――。これはまさに、旧東側諸国によく見られらた、人権規定がお粗末な“なんちゃって憲法”である。



(3)

首相が“なんちゃって憲法”を公の場で唱えること自体にかなりの問題があると思われると同時に、こうした発言を問題視しない各種メディアにもかなりの問題があると思われる。件の党首討論会は、第一部と第二部を合わせておよそ2時間もある。しかも、何の面白味もない。そんな代物をすべて通して観ることのできる人は少なく、大半の人はニュース報道を通して知ることになる。それゆえ、肝心のメディアが報じなければ、こうした問題発言があったことすら、ほとんどの人は知ることができないからだ。



(4)

「原則論に目くじらを立てなくてもいいのでは」「憲法論なんてどうでもいい」と言う人もいるかも知れない。確かに、私の懸念は杞憂に終わるかも知れない。しかし今、私たちがこうした問題を自由に取り上げて批判できるのも、7/21に民主的な選挙が行われるのも、いずれも今の憲法が私たちにそれを保障しているからなのではないのか。これから衆参両院で過半数を得る可能性が高いとされる政党の党首にして内閣総理大臣が、こうした憲法の性格を変えるのだと公言していることの意味を、そこまで軽視して大丈夫なのだろうか。

石破茂・自民党幹事長はある記者会見で、「改正される憲法に政府が国民に命令するような条文や道徳的規範が書き込まれたからといって、政府がそのようなことを要求する法律を作って国民にそれを強制するつもりはない」という趣旨の発言をし、改憲案における義務規定や道徳規定への理解を求めている。確かに、石破幹事長自身はそのような良識を持ち合わせているのかも知れない。しかし、他の議員はどうだろうか。他の政党はどうだろうか。政権は変わっても、憲法自体は残るのだ。筋から言えば、憲法に書かれていることを政府が実行しないのは憲法違反であるし、更に言えば、そこで違憲訴訟を起こされたらひとたまりもない。そして、最も重大な懸念は、「憲法の義務規定や道徳規定に基づく法律を、今はお目こぼしで作っていないだけで、やろうと思えばいつでもやれる」という極めて不安定な状態に、私たちは置かれてしまうことになりかねないということである。



(5)

「安倍首相は憲法が何たるかを知らないんだね」。憲法学者はそう悪態をつくだけで、何もしやしないだろう。もっとも、憲法学者は学者なので、それはそれで仕方がないのかも知れない。しかし、私たち一般市民はそれで済ませてしまっていいのだろうか。あるいは、民主憲法の性格を根本から変えることを公言するような首相の存在は、私たち日本国民の民度の低さの表れ(現れ?)なのだろうか。私自身は、改憲自体が“悪”であるとは必ずしも考えていない。しかし、「民主的な憲法の在り方を変える」のは“悪”であると考える。

憲法とは、「統治権力の横暴がもたらした悲劇」を繰り返さないために作られたものである。そうした歴史の教訓を、私たちは今一度思い起こさなければならないのではないだろうか。




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小林節「憲法の名宛人は国家権力である」「法は道徳に踏み込むべきではない」

◆2013/6/17、日本記者クラブ  小林節「憲法96条改正問題」
 


2013/6/17、9条改憲論者として知られる憲法学者の小林節・慶應義塾大学教授が日本記者クラブで、安倍・自民党政権が進めている憲法96条の改正について批判する講演を行った。

その中で小林さんは、昨今の改憲論議の最大の問題点は「憲法は国家権力を縛るものであるにもかかわらず、それが理解されていない」ことにあると指摘。憲法改正の発議要件の緩和は、憲法を国民に近づけるものではなく、逆に憲法を国民から遠ざけてしまうと述べた。

また、渾然一体となって議論されることがある道徳問題についても、「法は道徳に踏み込まずというのが、ローマ時代からの常識である」とし、憲法論と道徳論を峻別する必要性を訴えた。

一方で、憲法を不磨の大典とせず、時代に合わなくなっている条文などは必要に応じて適宜改­正を行うべきだとも主張した。




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「憲法は国民を縛る鎖ではない」……知っておきたい憲法の話

ブログ「@sophizmの上から涙目線」の2013/5/2付けの記事「人権や改正を語る前に知ってほしい、たった3つの憲法のこと」において、憲法やその改正についての基本的な事柄が分かりやすく解説されているように感じたので、当該ブログにて転載したい思います。


●2013/5/2  人権や改正を語る前に知ってほしい、たった3つの憲法のこと――@sophizmの上から涙目線

1,憲法は国民を縛る鎖ではない

もう、言いたいことはこれに尽きるかも知れない。“憲法は国民を縛る鎖ではない”と。ホントにこれ。憲法は国民が国、国家を縛る鎖であって、国が国民を縛る鎖ではないのです。これが他の普通の法律と違うところだと思います。他の法律は、日頃接する多くの法律は私たち国民を縛ります。やれ自動車は時速60km以上で走るな、やれ万引きするな、やれ路上喫煙するな、やれ未成年で飲酒やタバコするな、やれ消費税払え、やれ違法ダウンロードするな、と。でも憲法は違う。

そもそも、どうして法律が私たち国民を縛ることができるのかというと、それはその法律が憲法の枠組みの中に収まっているからに他ならないです。行政の行いもそう、憲法の枠内でのみ国は何かが行えるんです。

つまり、憲法とは国民が国を縛るための鎖だということ。

乗馬を想像してください。騎手が国民です。馬が国家です。鞍が法律です。そして、手綱が憲法です。騎手は馬に乗って楽できますし行きたいところに行けます。しかし、馬だって突然暴れだすかもしれないし、自分が行きたいところと違う方に走りだすかも知れないので、手綱を持って馬をコントロールしなきゃダメなんです。主権者は国民で、主人は国民なのだから。

主権者である国民が選挙を通じて国に立法や行政、司法を預けるに於いて、最低限守らせるルールが「憲法」。だから国民に何かをさせようと「憲法」を位置づけるような議論があれば、まぁそれは憲法というものがどういうものだかわかってないんだろうなぁ、ということになります。

2,人権とは与えられるものではない

どっかの議員さんが「フルスペックの人権」なる意味不明の概念を出してきたり、どっかの芦部直弟子を自称する議員さんが権利を得るのは義務を果たしたものだけだと言い出したりしておりますが、人権はなにものかに与えられるものではないというのが近代以降に於ける“常識”です。

特に自然権などは前国家的権利とも言われたりするようで、国家がなくてもそもそも人間が人間として持っていると哲学する権利で、国家がなくても持っている権利を国家から与えられるというふうには考えられないですよね。自然権が国家から与えられるものではなく、そもそも国家という概念以前から存在している人間の権利だとしたら、それはどういうことか。これを有するのは“国民に限られない”ということです。

1で書いたことと併せると、国が国民に権利を与えているわけではなく、憲法は国民が有している人権を侵してはいけないということを「保障」しているわけです。

日本国憲法第11条

国民は、すべての基本的人権の享有を妨げられない。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来の国民に与へられる。


だから、人権にフルスペックもクソもないし、義務を果たしてこその人権なんてことも考えられないわけです。

3,国が憲法を変えたいと言い出している意味を考えるべき

憲法は国民が国を縛る鎖だという話をしました。手綱だと。縛られているのは国です。その国が自分を縛っている鎖を変えたいと言い出しているとすれば、それはどういう意味なのかよく考える必要があると思います。手綱を緩めると馬は暴れだすかもしれませんよね。じゃじゃ馬なら暴れるでしょう。従順でよく懐いた馬なら、もっと速くもっと快適に走ってくれるかもしれないです。

私は憲法改正には反対じゃないです。鎖が緩んでいる箇所もあるし、錆びてる箇所もある。嵌め直しが必要なところや擦れて馬体に無理を強いているところもあると思います。でも、私たちは私たちが主人であり、体を預けている馬が暴れ出さないように手綱を持っている張本人だという意識を持って上手く前に進まなきゃダメだろうと思っています。

鎖を取り替えるなら、それは縛られている方ではなく縛っている私たちがその仕事を担うべきです。



●関連記事
 → 日本土着の憲法の可能性




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 by sophizm
転載問題ないです。
トラックバック投げておいていただければと思います。
よろしくお願いします。
Re: タイトルなし by ばたお
sophizmさん

転載許可ありがとうございます!

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改憲手続き緩和(96条改正)問題――世論調査では〈反対〉が〈賛成〉を上回る、公明党も慎重論

●2013/5/2  改憲手続き緩和 賛成38%、反対54% 世論調査――朝日新聞デジタル

憲法記念日を前に朝日新聞社は全国郵送世論調査を行い、憲法に関する有権者の意識を探った。それによると、憲法96条を変え、改憲の提案に必要な衆参各院の議員の賛成を3分の2以上から過半数に緩める自民党の主張について、反対の54%が賛成の38%を上回った。9条についても「変えない方がよい」が52%で、「変える方がよい」の39%より多かった。

96条の改正要件緩和については、自民党が昨年作った憲法改正草案で主張。最近は安倍政権も唱えているが、有権者は慎重であることが浮かび上がった。

衆院と参院の一票の格差が是正されない状態で選ばれた議員が改憲の提案をすることについて尋ねると、「問題だ」が54%、「問題ではない」が38%。改憲手続き緩和の自民党の主張に賛成の層でも、44%が「問題だ」と答えた。



●2013/5/3  憲法改正:96条改正、反対46% 賛成42%を上回る――毎日新聞世論調査――毎日jp

毎日新聞が4月20、21日に実施した電話による全国世論調査で、憲法96条に定められた改憲発議に必要な衆参両院での「3分の2以上」の賛成を、「過半数」に引き下げることの是非を聞いたところ、反対は46%で、賛成の42%を上回った。「憲法を改正すべきだと思う」は60%で、「思わない」の32%を大きく上回った。憲法改正を必要としながらも、改憲手続きの緩和には慎重な意見も根強い。

調査の方法が異なるため単純に比較はできないが、毎日新聞の09年9月の世論調査(面接)では改憲賛成が58%、12年9月の調査(同)では65%で、改憲賛成が多数を占める状況が続いている。今回、憲法9条についても「改正すべきだと思う」は46%で、「思わない」の37%を上回った。

一方、「憲法を改正すべきだ」とした人の59%が、改憲の発議要件の引き下げに賛成、37%が反対と答えた。また、「9条を改正すべきだと思う」とした人では、63%が引き下げに賛成し、35%が反対した。

安倍晋三首相は、96条改正を参院選の争点とする考えを示しているが、自民支持層でも改憲の発議要件の引き下げに賛成したのは約5割にとどまった。公明支持層で賛成したのは約3割。民主支持層で賛成したのは約4割、維新支持層では約5割だった。



●2013/4/26  公明、96条改正に慎重論 「硬性憲法」求める声相次ぐ――朝日新聞デジタル

公明党は26日、党憲法調査会(北側一雄会長)を国会内で開き、改憲の発議要件を定める憲法96条に関連して「(通常の法律より改正手続きが厳しい)硬性憲法を維持するべきだ」との意見が相次いだ。ただ、党幹部らの前日の会合と同様、96条改正への賛否は明確にしなかった。

会合では「権力から国民の自由、人権を守るのが憲法の意義。(権力側が簡単に変えられないように)硬性憲法にすることは妥当性がある」などの意見が出たという。井上義久幹事長は調査会後の記者会見で「(96条という)手続き論よりも憲法全体の問題をどう考えるかの方が極めて重要だ」と述べた。



●2013/4/26  憲法改正:96条先行改正、公明反対方針 参院選後に結論――毎日jp

公明党は26日午前、憲法調査会を開き、改憲の手続きを定めた憲法96条を他の条文に先んじて改正することに反対する方針を決めた。ただ、最終的な結論は7月の参院選後に先送りし、参院選で「96条先行改正」を公約に掲げる意向の安倍晋三首相との対立を避けたい考え。

公明党は2004年にまとめた「論点整理」で現行の96条の内容を「妥当」と明記。9条改正のハードルが低くなる改正要件の緩和には慎重な立場を取ってきた。北側一雄副代表は調査会後、記者団に「手続きの改正を先に進めるのではなく、どこを改正すべきかという中身も議論しないと何のための改正か、国民に分からない」と説明した。

また、96条が改憲を発議できる要件を衆参各議院の「3分の2の以上の賛成」としている点についても、自民党が唱える「過半数の賛成」への引き下げに反対する方針も決めた。ただ、「憲法に指一本触れない、というわけではない」ともしており、自民党との食い違いが決定的にならないよう配慮している。






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憲法改正問題:「理想と現実」

●2012/9/14  本社世論調査 : 「改憲賛成」65%――毎日jp

毎日新聞は8月31日~9月2日、憲法に関する全国世論調査を面接方式で実施した。憲法改正について「賛成」は65%で、同じ質問を設けた09年9月の面接調査に比べ7ポイント上昇し、過去最高となった。「反対」は27%で、前回調査に比べ5ポイント減。憲法に関する各政党や候補者の考え方を「国政選挙の投票の判断材料にする」と回答した人は71%に達し、「判断材料にしない」(25%)を大きく上回った。

憲法改正への賛否を年代別にみると、賛成は30、40代でともに72%と高い。70代以上で57%、20代では61%とやや低く、50、60代は64%で並んだ。男性は賛成29%、反対26%。女性は賛成61%、反対27%だった。

改憲の賛成理由を5者択一で聞いたところ、「時代に合っていない」が60%で最多。次いで「制定以来、一度も改正されていない」(17%)▽「米国から押しつけられた」(10%)が続いた。反対理由は「改正するほどの積極的理由がない」(35%)▽「9条改正につながる恐れがある」(28%)▽「国民や政党の議論が尽くされていない」(21%)の順だった。

憲法改正を巡っては、衆参の多数派が異なるねじれ国会で国の意思決定が遅れ、統治の仕組みを見直す動きが浮上している。国会の1院制導入については「賛成」(48%)、「反対」(46%)が拮抗(きっこう)。民主、自民支持層で反対が上回ったのに対し、「支持政党はない」と答えた無党派層では賛否が逆転した。

一方、国民が首相を直接選ぶ首相公選制の導入に関し、「賛成」と答えた人は63%に上り、「反対」の32%を大きく上回った。憲法を改正しやすくするため、手続きを緩和することについては「賛成」51%に対し、「反対」43%だった。


 毎日新聞が実施した憲法に関する全国世論調査




◆制服向上委員会会長・橋本美香「『理想と現実』考える契機に」――『産経新聞』2012/9/9付より
 制服向上委員会会長・橋本美香「『理想と現実』考える契機に」




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「私たち」とは何か。あるいは、ナショナリズムについて――注目すべき〈東浩紀らの憲法草案〉

●2012/7/31  新しい日本、憲法で描こう 批評家・東浩紀が草案――朝日新聞デジタル

批評家・作家の東浩紀が独自の憲法草案を発表し、話題を呼んでいる。外国人でも日本に長く住む人なら国家のメンバーとして積極的に規定するなど、国民国家の既存イメージを揺さぶる内容だ。「護憲派」にも「改憲派」にも分類できない、新しいタイプの憲法提案でもある。





東浩紀「日本国は国民と住民のあいだで運営される精神的共同体である」

「新日本国憲法ゲンロン草案」――ゲンロン憲法委員会(楠正憲、境真良、白田秀彰、西田亮介、東浩紀)

≪ 「国民」と「住民」 ≫

前文
わたしたち日本国民は、日本国が、単一の国土と単一の文化に閉じ込められるものではなく、その多様な歴史と伝統を共有する主権者たる国民と、その国土を生活の場として共有する住民のあいだの、相互の尊敬と不断の協力により運営され更新される精神的共同体であることを宣言する。

第一六条
日本国民は、日本国籍を有する者を言う。

第一七条
日本住民は、法律で定める期間、日本国土に適法に継続的に居住する者を言う。


●日本国は「日本国民」と「日本住民」から成る。
・「国民」かつ「住民」である人
・「国民」ではあるが「住民」ではない人
・「住民」ではあるが「国民」ではない人



≪ 「総理」 ≫

第一二条
総理は、日本国籍の保持者でなければならない。

第一三条
1.総理は、法律の定めるところによる日本国民の直接投票によって、国民の中から国会が指名する。


●事実上の大統領制
・「総理」は、「国民」が「国民」の中から直接投票し、国会が指名する。



≪ 「住民院」と「国民院」 ≫

第四一条
1.国会は、住民院および国民院の両議院でこれを構成する。
2.住民院は、すべての日本住民が直接的な利害を有する、国の領域と統治に関わる事項を議決する。
3.国民院は、すべての日本国民が直接的な利害を有する、国民共同体としての主権を護持するため、住民院および総理を監視し指導する。

第四二条
1.住民院は、日本住民を代表すべく、成人たる日本国民の中から選挙された議員で、これを組織する。
2.国民院は、日本およびそれ以外の地に居住する日本国民を代表すべく、国籍、居住地のいかんを問わず、優れた識見を有する者として法律によって定められた条件を満たした者の中から選挙された議員で、これを組織する。国民院のすべての議員は、任期のあいだにかぎり日本住民と見なす。

第四七条
1.住民院の議員は、法律の定めるところにより、国庫から相当額の歳費を受ける。
2.国民院の議員は、無給とする。ただし、法律の定めるところにより、国庫から議員としての活動に要する経費の支給を受ける。


●事実上の一院制
・「住民院」の優位
・「国民院」は監視機関

●「住民院」の議員
・「住民」が選挙権を持ち、「国民」が被選挙権を持つ。

●「国民院」の議員
・「国民」が選挙権を持ち、「優れた識見を有するとして法律で定められた条件を満たす全世界の人」が被選挙権を持つ。無給。




◆おまけ――東浩紀MAD動画・不朽の名作「東オブピストン」
 




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「憲法=道具」説――〈神学論争〉はもういらない

憲法学者の小林節さんは、「これまでの憲法論議は不毛であった」とし、その理由について以下のように述べている。

●2012/7/31  小林節「時代を画す東浩紀他『新憲法』草案」――日本海新聞・大阪日日新聞

その不毛の原因は、東西の冷戦を前提とした改憲対護憲の論争が噛み合っていなかったことにあるのだろう。冷戦時代のイデオロギーを前提とした論争は、相手が「敵」だと認定したら、以後、一切聞く耳を持たず自己の主張だけを言い合う非生産的なものであった。代表的な改憲派は、占領軍により押し付けられた憲法は無効だから明治憲法に戻るべきである…という主張で、これ以外の意見に対しては聞く耳を持っていない。対する代表的な護憲派は、9条が改正されたらまた戦争になる…という主張で、異なる意見の者との論争自体を避けてきた。これでは何も生まれないはずである。




これまでの「護憲/改憲論争」は、 “憲法そのもの”についてほとんど語ってこなかった。例えば、「戦争の行われない平和な国であるためには、9条を守らなければならない」(護憲派)といった議論や、「教育やニート・引きこもりの問題は、憲法を改正してきちっとすることで解決される」(改憲派)といった議論に象徴されるように、護憲派・改憲派のそれぞれが自らの価値観を開陳し、それを闘わせてきただけである。加えて、そうした議論に「太平洋戦争は良かったのか/悪かったのか」「天皇に政治的実権はあったのか/なかったのか」「朝鮮人の強制連行はあったのか/なかったのか」といったような(狭義の)歴史認識問題も絡み合っていた。

普通に考えて、9条を守っ(て軍隊を廃止し)たからと言っても、攻められるときは攻められるだろうし(※1)、憲法を改正してきちっとしたからと言って、教育やニート・引きこもりの問題が解決されるわけでもないだろう。歴史認識問題についても、直接的には「憲法」とは関係がない(※2)。



仮に「憲法改正問題」に関心があったとしても、従来の「護憲/改憲論争」に価値を見出せないというのは、それが“憲法そのもの”について語っていないからだ。もっとも、そうした護憲派・改憲派の慣習に、私たち一般市民が付き合う必要はないだろう。憲法とは、「国家の統治機構の在り方」と「国家に守らせるべき人権」を規定する、言わば“国のグランドデザイン”である(※3)。今後の日本はどうあるべきか、これからの日本をどう作っていくべきか――。憲法を通して語られる様々な国家像について、(「憲法を改正しない」といった選択肢も含めて)これからは議論がなされなくてはならない。

憲法は、「世界に誇るべき神聖なもの」でも「日本民族のアイデンティティを取り戻すためのもの」でもない。憲法とは「国の最高法規」に過ぎず、すなわち「単なる道具なのだ」という認識が必要なのではないだろうか。



(※1)ちなみに、大塚英志さんは『サブカルチャー反戦論』において、「戦争放棄」「平和主義」といった概念を次のように、“平和ボケ”したそれとは一線を画した定義をしている。すなわち「反戦」とは、「殺されたくない」でも「殺すな」でもなく、「私は殺さない」という選択に他ならない。そして、この「殺さない」という選択は、「言葉による相手との交渉」を選択することでもあり、また「被征服のリスクを論理的な帰結として負わなければならない」ということでもある。

(※2)これは、「歴史認識問題など瑣末な問題に過ぎない」という主張ではない。歴史認識問題は重要である。だからこそ、私は「歴史において〈政治的である〉とは何か――ポストモダン歴史学の批判的検討」という連載をうpしている。どんな事柄にせよ、歴史の問題を抜きにそれを語るのは暴論である。しかしながら、「憲法改正問題」を歴史の問題と直接的に絡めてしまっては、その議論の一切が先に進まないということだ。

(※3)現行憲法には「国民の義務」規定――「教育を受けさせる義務」(26条)、「勤労の義務」(27条)、「納税の義務」(30条)――があるが、普通に考えて、こうした規定は削除するべきだろう。もっとも、これは「国民は国家に対して義務を負っていないのだ」という主張ではない。国民が義務を果たさない国家など成立しうるわけもなく、言わずもがな、国民は国家に対して(憲法に規定されたもの以外にも)様々な義務を負っている。しかしながら、「それは憲法に記載する性質のものではない」ということだ。




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日本土着の憲法の可能性

2012/4/27に自民党が発表した「日本国憲法改正草案」(PDFファイル)を読んでみた\(^o^)/


◆主要な新設されたこと、変更されたこと、削除されたこと(ばたおの独自基準)

≪ 天皇について ≫
・天皇は元首(第1条)
・国旗は日章旗、国歌は君が代(第3条)
・国旗・国歌の尊重義務(第3条)
・元号の規定(第4条)


≪ 軍隊について ≫
・自衛権の明記(第9条、第9条の3)
・国防軍の明記(第9条の2)


≪ 国民の自由・権利について ≫
・国民の自由・権利は、「公共の福祉」に反しない限り尊重される → 国民の自由・権利は、「公益及び公の秩序」に反しない限り尊重される(第12条、第13条、第21条、第29条)
・国民の自由・権利には、責任・義務が伴う(第12条)
・国民は「個人」として尊重される → 国民は「人」として尊重される(第13条)
・「憲法は侵すことのできない永久の権利である」(現行憲法の第97条)が削除


≪ 宗教について ≫
・「宗教団体は政治上の権力を行使してはならない」(現行憲法の第20条)が削除
・「社会的儀礼又は習俗的行為の範囲を超えないもの」については、国や地方自治体は宗教的活動をしてもよい(第20条)


≪ 家族について ≫
・家族は、社会の自然かつ基礎的な単位として、尊重される(第24条)
・家族は、互いに助け合わなければならない(第24条)


≪ 緊急事態について ≫
・緊急事態宣言(第98条、第99条)


≪ 憲法尊重義務について ≫
・「天皇の憲法尊重義務」(現行憲法の第99条)が削除
・国会議員・国務大臣・裁判官その他の公務員の憲法尊重義務が、憲法を擁護する義務に(第102条)
・国民の憲法尊重義務(第102条)



●「公益及び公の秩序」

注目すべき点の1つは、「公共の福祉」が「公益及び公の秩序」に変更されているところだ。ただ単に「語句が替わっただけ」という気もしないではないが、これは明治憲法下における「法律の留保」(人権は無制限に保障されるのではなく、法律が認める範囲内において保障されるに過ぎないということ)を想起させることもまた事実である。

「公共の福祉」とは、(定説である一元的内在制約説に従えば)「人権相互の矛盾・衝突を調整するために認められる衡平の原理」のことである。つまり、私たち一人ひとりの人権は保障されている以上、どこかで誰かの人権と矛盾・衝突する場面が発生してしまう。その際は仕方がないので、いい感じに人権相互を調整しましょう、ということだ。

ところが、これが「公益及び公の秩序」となると話が変わってくる可能性がある。その理由は、「公共の福祉」が言わば「国民と国民の関係」の問題についての言及だとすれば、「公益及び公の秩序」は「国家と国民の関係」の問題ということになるからだ。つまり、身も蓋もなく言えば、「公益及び公の秩序」とは「国家≒政権政党の設定した利益や秩序」を意味しており、その帰結として「国家≒政権政党に逆らう者や都合の悪い者の権利は制限されても合憲である」ということにもなりかねないのである。

他には、「国民の憲法尊重義務」や「権利に義務が伴う」といった規定も、よく意味が分からない。なぜなら、憲法とは国民の権利を保障し、法律はこれを守れよ、という性質のモノであるはずだからだ。



●日本土着の憲法の可能性

しかしながら、よく考えてみると、現行の日本国憲法は市民革命を経て獲得したモノではなく、敗戦時にGHQから押し付けられた「即席日本語訳のなんちゃって憲法」である。加えて、そもそも人権思想なるモノは、「近代」的な価値観の産物に過ぎない。言わずもがな「近代」とは、ヨーロッパ、キリスト教、白人、男性といったニュアンスが強く、私たち日本人に馴染まなくても何ら不思議ではないように思う。

他者から押し付けられた憲法ではなく、日本人自らが自主的に憲法を制定する、といった発想は間違ってはいないだろう。従って、もしかすると私たちは、自民党の唱える「トンデモ憲法」から始めるべきなのかも知れない。そして、概念の輸入はもういいので、日本人の持つ土着の倫理や道徳、慣習に基づいて憲法を再定義する。そうした血を流す過程を経て、より良い憲法を獲得するのもアリということだろうか。


  教育勅語


●関連記事(追記・2013/5/20)
 → 「憲法は国民を縛る鎖ではない」……知っておきたい憲法の話




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