スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

コメント:を見る(-)

コメント:を書く

▲このページのトップへ戻る

竹井善昭「Perfumeファンは革新的、AKBファンは反動的」

竹井善昭さんによると、女性アイドルは社会変革と大きな関係がある。端的に言えば、女性アイドルの歴史とは、女性解放とそれに対する反動の歴史であり、Perfumeは女性解放としての系譜につながり、AKB48グループは反動の系譜につながる。言い換えれば、新しい女性像を受け入れる男性はPerfumeが好きなのだという(「『Perfumeファン』『AKBファン』、あなたはどっち? 女性アイドルの好みでわかる、オトコの変革志向」より)。





にほんブログ村 政治ブログ 社会制度へ



FC2ブログランキングへ



スポンサーサイト

コメント:を見る(0)

コメント:を書く

▲このページのトップへ戻る

Kis-My-Ft2の“後ろの4人”、ユニット「舞祭組」(ブサイク)を結成www

●2013/11/19  「ビジョンに映らない!」Kis-My-Ft2 “後ろの4人”、コンサート演出にまで格差が!?――サイゾーウーマン

Kis-My-Ft2のドーム公演『Kis-My-Ft2 SNOW DOMEの約束 IN TOKYO DOME/OSAKA DOME』が、15日の東京ドーム公演で初日を迎えた。同日はSMAP・中居正広がジャニーズJr.の一員に紛れ、バックダンサーとして“お忍び”出演したが、ステージ上で紹介されることがなかったため、最後まで中居の存在に気付かないファンも大勢いたという。

デビュー前後からテレビ出演の際などに、SMAPと“セット売り”される機会の多いキスマイ。特に、メインの3人(北山宏光・藤ヶ谷太輔・玉森裕太)は、それぞれSMAPメンバーが主演するドラマにバーター出演して露出も増やしていたが、そのほかの4人(千賀健永・宮田俊哉・横尾渉・二階堂高嗣)はその機会にも恵まれず、歌番組でも衣装に“格差”があるとファンのみならず話題になっていた。

そんな中、中居が“後ろの4人”こと千賀・宮田・横尾・二階堂が歌う楽曲をプロデュースすると、『キスマイBUSAIKU!?』(フジテレビ系、10月5日放送)で発表された。「舞祭組」(ブサイク)と名付けれられた4人のデビュー曲は、中居が作詞・作曲・振り付けも手がけた「棚からぼたもち」。そんなつながりもあることから、今回のお忍び出演も後輩を盛りたてるために、中居が「一肌脱いだ」ものなのだろう。

「中居君は自身のラジオで『舞祭組』の楽曲について『ライブで歌った時にお客さんが楽しめるような曲』をコンセプトに作ったと話していました。ライブでは『棚からぼたもち』が本編終了後の1曲目に披露されましたが、ファンが声を出す部分も多く、中居君の言う通りに会場の盛り上がりは最高潮。曲のサビで『ガヤ、キタ、タマ』と、メイン3人の名前を入れた合いの手があるのですが、ほかのどの曲よりも会場全体の掛け声が揃っていたし、あまりの一体感にビックリしました」(参加したキスマイファン)

「舞祭組」のデビューによって、ようやく日の目を見ることになった“後ろの4人”。ファンもさぞかし喜んでいるかと思いきや、グループ内格差はまだまだ深刻な状況だという。

「テレビなどのメディア露出はメイン3人が多いのはもちろんですが、4人の不遇な扱いはコンサート演出にまで及んでいます。ほとんど3人でシングル曲の歌唱パートを回していることも一因ですが、会場に設置されているオーロラビジョン(大型映像装置)ですら、4人が映る機会が少ないんです。特に後方席の場合はオーロラビジョンでメンバーの表情を確認するしかないだけに、ガッカリしました。メンバーのソロコーナーも3人はありますが、4人は『舞祭組』の曲のみですしね」(同)

公演前の会見では、千賀が中居から「必死にやれ。とにかく頑張れ! その汗水たらして頑張ってる姿がいい!」とアドバイスされたことを明かしていた。強力な先輩のバックアップによって「舞祭組」は飛躍できるのか? CDの売り上げにも注目が集まる。



 ◆舞祭組『棚からぼたもち』
  





にほんブログ村 政治ブログ 社会制度へ



FC2ブログランキングへ



コメント:を見る(0)

コメント:を書く

▲このページのトップへ戻る

【風立ちぬ】宮崎駿、百田尚樹を痛烈批判【永遠の0】

●2013/9/25  宮崎駿、『風立ちぬ』と同じ百田尚樹の零戦映画を酷評「嘘八百」「神話捏造」――ビジネスジャーナル

9月6日、引退会見を行ったアニメ界の巨匠・宮崎駿監督。引退作となった『風立ちぬ』(東宝)は興行収入100億円を超え、「最後の作品はスクリーンで」という人も多く、観客動員数は1000万人を突破すると見られている。そんな映画人生の有終の美を飾ろうとしている宮崎だが、ここにきて『風立ちぬ』と同じ“零戦”をテーマにした“あの作品”を猛批判しているのをご存じだろうか。宮崎が“あの作品”の批判を展開しているのは、「CUT」(ロッキング・オン/9月号)のロングインタビューでのこと。その箇所を引用しよう。

「今、零戦の映画企画があるらしいですけど、それは嘘八百を書いた架空戦記を基にして、零戦の物語をつくろうとしてるんです。神話の捏造をまだ続けようとしている。『零戦で誇りを持とう』とかね。それが僕は頭にきてたんです。子供の頃からずーっと!」「相変わらずバカがいっぱい出てきて、零戦がどうのこうのって幻影を撒き散らしたりね。戦艦大和もそうです。負けた戦争なのに」

■戦争を美化する作品を糾弾する構えの宮崎

宮崎がここで挙げている「零戦の物語」というのは、どう考えても人気作家・百田尚樹の原作で、12月に映画が公開される『永遠の0』(東宝)のこと。よほど腹に据えかねているのか、このインタビューで宮崎は“零戦神話”を徹底的に糾弾。

「戦後アメリカの議会で、零戦が話題に出たっていうことが漏れきこえてきて、コンプレックスの塊だった連中の一部が、『零戦はすごかったんだ』って話をしはじめたんです。そして、いろんな人間が戦記ものを書くようになるんですけど、これはほとんどが嘘の塊です」と、『永遠の0』をはじめとする零戦を賛美する作品をこき下ろしている。

もちろん、自身が『風立ちぬ』で基にした零戦設計者・堀越二郎の戦争責任についても言及。堀越の著書である『零戦』は共著であり、もう一人の執筆者が太平洋戦争で航空参謀だった奥宮正武だったことから「堀越さんは、自分ではそういうものを書くつもりはなかったけど、説得されて、歴史的な資料として残しておいたほうがいいんじゃないかっていうことで、書いたんだと思うんですけど」と前置きし、「堀越さんの書いた文章っていうのは、いろんなとこに配慮しなきゃいけないから、本当のことは書かないんだけど、戦争責任はあるようだけれども自分にはないと思うって書いています。面白いでしょう? 僕はこの人は本当にそういうふうに思った人だと思います」と弁護。

さらに、「僕は思春期の頃、親父と戦争協力者じゃないかってもめた経験があるんですけど。そうやって断罪していくと、ほとんどの人が戦争協力者だと言わざるをえない。隣の韓国とか北朝鮮とか中国とかフィリピンとかインドネシアとかね、そういう側から考えると、それは加害者であるという」と話し、「職業をもつということは、どうしても加担するという側面を持っている。それはもうモダニズムそのものの中に入ってるんだと思ってるんです」と、到底美談では語れない戦争の加害性について論及している。

■対照的な立場の宮崎と百田

確かに同じ零戦をテーマとして扱っているとはいえ、宮崎と百田とはその政治的スタンスもまったく真逆だ。宮崎は憲法改正反対論者で、かたや百田はほとんど“右派論客”といってもいい活躍を見せている。百田は今年6月、朝日新聞で自身の作品が「右傾エンタメ」「愛国エンタメ」と評されたことに激怒し、苛烈に反論していたが、一方で首相再任前の安倍晋三との対談では「もう一度、自民党総裁選に出馬して総理を目指してもらいたい」と背中を押し、保守系論壇人である渡部昇一との対談でも「安倍政権では、もっとも大きな政策課題として憲法改正に取り組み、軍隊創設への道筋をつくっていかねばなりません」と語るなど、政治的発言を連発。朝日批判の際も「自虐史観とは大東亜戦争にまつわるすべてを『とにかく日本が悪かった』とする歴史観です」とネトウヨ(ネット右翼)が大喜びしそうなツイートをしていた。

宮崎があえてインタビューで『永遠の0』批判を繰り出したのは、戦争を肯定する百田と一緒にされるのが耐えられなかったのかもしれない。しかし、一方の百田は、「先日、アニメ『風立ちぬ』の試写を観た。ラストで零戦が現れたとき、思わず声が出てしまった。そのあとの主人公のセリフに涙が出た。素晴らしいアニメだった」と同作を大絶賛。反戦主義の宮崎が零戦映画の製作をしたことで、方向転換したと勘違いして思わずはしゃいでしまったのかもしれないが、今回の宮崎の発言で見事にはね返された格好だ。

歯に衣着せぬ言動や論争好きで知られる百田だが、果たして世界の巨匠・宮崎にはどのように反論するのか。大いに見ものである。





 にほんブログ村 政治ブログ 社会制度へ

 

FC2ブログランキングへ



コメント:を見る(0)

コメント:を書く

▲このページのトップへ戻る

東浩紀「文脈依存性の高い文化は、長期的には滅びる」

東浩紀さんはニコニコ生放送「ニコ生思想地図」の2011/9/10放送分「『おもしろい』をセカイに広めるには」において、「文化は残る必要があるのか、同時代の人だけで楽しめば良いのではないかという議論はあるが、仮に何かの作品が残らなくてはならないとなると、結局、コンテクストを剥奪されてどうするのかというのを考えなくてはいけないんですよね。つまり、『これは色んな知識を前提とすればすごく良くできている』という作品は、ちょっとでもコンテクストがなくなるとすごく弱いわけですよ」と述べた。

実際、例えば浮世絵というと今では東洲斎写楽が有名だが、当時はもっと人気のある絵師がいた。江戸時代の人たちは浮世絵を楽しむ際、「役者・作品・絵師といった要素の組み合わせ」も楽しんでいたのである。しかし後世、そうしたコンテクストがなくなった時代に残ったのは、芸術的だとして西洋人に人気のあった写楽の浮世絵であるという。このような歴史を振り返った東さんは続けて、「長期的に見たら、オタク文化は滅びる。これだけハイコンテクストになって、市場も縮小していたら、それは滅びるだろうと思っている」と述べた。


  ▼東浩紀MAD動画の名作「東オブピストン」
  
   これはローコンテクストか、それともハイコンテクストか?





にほんブログ村 政治ブログ 社会制度へ



FC2ブログランキングへ



コメント:を見る(0)

コメント:を書く

▲このページのトップへ戻る

深刻化する声優のストーカー被害

●2013/6/29  田中理恵以外にも!? 殺人予告、デート隠し撮り、尾行、深刻な声優のストーカー被害――サイゾーウーマン

2013年6月22日、声優ファンの間に激震が走った。今年7月から放送開始するテレビアニメ『超次元ゲイム ネプテューヌ』(TOKYO MXほか)のイベント会場に、鈍器を持った男が乱入するという事件が起きた。男は即刻取り押さえられ、ケガ人などはいなかったというが、標的となった声優・田中理恵は精神的ショックが大きく、いまだ寝込んでいる状態だという。

イベントや握手会などが頻繁に行われる声優業界は、声優とファンの距離が非常に近い。そのことから、同様の事件はたびたび起きている。特にネット上での脅迫事件は後を絶たない。大型掲示板「2ちゃんねる」にて、平野綾に危害を加えると書き込みをしたり、水樹奈々やファンに対する「殺人予告」をした男が逮捕されたりしている。男性声優も例外ではない。ベテラン声優の速水奨は、自宅や事務所などに計50回、包丁や脅迫文などが送りつけられていた。同じくベテランの神奈延年は、元交際相手でもあるファンが神奈氏のブログに不正アクセスをし、業務妨害の容疑で逮捕されている。

「どの犯罪も、ファンの愛情が強すぎてストーカー化してしまった……というのが悲しいですよね。声優はイベント出演が多いので、馴染みのファンは、すぐに顔や名前を覚えてくれます。それゆえに『もしかしたら、自分も憧れの声優と付き合えるのではないか』なんて、淡い期待を抱いてしまうのかもしれません」(声優業界関係者)。この関係者は、声優たちが「公にならない、事件スレスレなファンからのストーカー行為を数多く経験している」とも語る。「2011年には、戸松遥と入野自由のデート現場を隠し撮りし、ブログに公開するという、悪質な事件もありましたね。人気男性声優の福山潤はファンに家を特定されて、もう数十回引っ越しを繰り返しているそうです」(同)。

昨年結婚説が浮上し、ファンに衝撃を与えた男性声優・小野大輔も、ファンの過剰な追っかけに頭を悩ませているという。「小野は、出待ちして後をつけてくるファンが後を絶たないとかで、非常に悩んでいますよ。彼は車を使わずに電車移動をしているから、ファンも尾行しやすいのかもしれません。ファンとしては、うやむやになってしまった結婚説を、その目で確かめたいからなのでしょうが……」(別の声優業界関係者)。さらに、人気絶頂のさなかに事務所を立ち上げた、男性声優の森川智之や鈴村健一に至っては、ファンに“居場所”を特定されてしまっている。「事務所の公式サイトで住所を公開しているから仕方ないのですが、夜中をすぎてもファンが事務所前で出待ちをしているそうですよ。彼らにとって事務所運営は“イベント”ではないので、対応する義務もなければ、対処するすべもない。ファンはひと目会いたいと期待しているようですが、当の本人たちはほとほと呆れているようです」(同)。

加熱する声優人気だが、ファンにも強いモラルが問われている。





にほんブログ村 政治ブログ 社会制度へ



FC2ブログランキングへ



コメント:を見る(0)

コメント:を書く

▲このページのトップへ戻る

桂文枝「人間の想像力を削ぐ娯楽が、日本人から情を奪いつつある」

●2013/4/28  桂文枝氏 TVの芸人暴露話合戦やテロップ多発に質低下と苦言――NEWSポストセブン

落語という芸は極めてシンプルであり、それゆえに演者は大事なことを伝える真のコミュニケーション能力を、観客はそれを受け取る想像力を求められる。だが、最近の日本人はそれらコミュニケーション能力や想像力を欠いているのではないか。様々な悲惨な事件が起きる背景にはそうした日本人の劣化があるのではないか──。六代桂文枝師匠はそう危惧している。

──近年起こっている事件を見ると日本人は情を忘れてしまったようだ。特に若い世代はコミュニケーション能力が低下していると言われる。

文枝 : だいぶ前からキレやすい若者が増えたと言われますし、ネットの掲示板では、激しい言葉で他人を攻撃したり中傷したりするのが当たり前になっています。それに対応することだと思いますが、テレビの笑いの質が劣化しています。今は芸人同士が「コイツはこんなアホな失敗をした」とか、「アイツにはこんなひどい欠点がある」といったことを暴露し合い、それを聞いたスタジオにいる出演者が笑うということが多い。つまり、他人をバカにして笑いを取るのです。ボキャブラリーも貧困で、「アホか、お前は」とバカにするだけ。しかも、バカにされた方も、イジられることが人気の証しと思っているかのように、喜んだり得意気になったりしている。テレビがそうした安易な笑いを毎日流していると、それを見た子供たちが真似をする。しかし、芸人と違い、子供たちの中には傷つく子もいる。イジメられたと感じ、追い詰められる子もいるでしょう。

──昔の笑いは違った。

文枝 : 落語に限らず、昔の漫才やコントは計算し尽くされた芸で笑いを取っていました。そこにはユーモアもあれば、ペーソスもあれば、知性もあった。そして、何より情がありました。人をバカにした笑いは見る人、聞く人に後味の悪さが残りますが、情のある笑いは心を温かくします。

──むしろ日本人は退化しているのかと悲しくなる。

文枝 : そうかもしれませんね。例えば、今のテレビは人間の想像力を削ぐような作り方をする傾向が強まっています。わかりやすく伝えるためなのかもしれませんが、ドキュメンタリーでもバラエティでも再現ドラマを多用し、しかもすべてを説明しようとするようにテロップをやたらとつける。そこには視聴者が想像力を働かせる余地が全くありません。いわゆる行間を読む必要がないのです。しかし、説明が過剰になることによって、大事なことがこぼれ落ちていくのです。そういう環境に慣れてしまった視聴者は、わかりやすいものばかりを求め、想像力を働かせないと理解できないものを避けるようになります。しかし、他人の気持ちに想像力を働かせ、それを思いやるのが情です。最近の日本人が情を失いつつあるのは当然かもしれません。もっと落語のように「間」のある演芸、余韻のある演芸を楽しむ余裕を持つべきではないでしょうか。



●関連記事
 → 大塚英志「日本人の民度の低さは、〈教育〉ではなく〈教養抜きのサブカル〉に原因がある」




 にほんブログ村 政治ブログ 社会制度へ

 

FC2ブログランキングへ



コメント:を見る(0)

コメント:を書く

▲このページのトップへ戻る

大塚英志「日本人の民度の低さは、〈教育〉ではなく〈教養抜きのサブカル〉に原因がある」

●2013/4/23  大塚英志「教養抜きのサブカルが日本人を致命的に馬鹿にした」――NEWSポストセブン

イギリスBBCで放送されたTVドラマ「SHERLOCK」はコナン・ドイル「シャーロック・ホームズ」の現代版。ホームズの「二次創作」はミステリーの歴史においては一種の定番だけれど、これは「ホームズ」「ワトソン」が「シャーロック」「ジョン」とファーストネームで呼ばれ、ジョンはシャーロックの「事件簿」を本でなくブログに書き、シャーロックはコカイン中毒でなくニコチン中毒で、推理の時はニコチンパッチを腕に貼る。

下宿のハドソン夫人は同宿を始めた彼ら二人がゲイだと思っていて妙に理解があり、モリアーティはレクター教授を躁状態にしたサイコパス。しかし「パロディ」ではなく、きっちりとホームズが現代に置き換えられている。とにかく一つ一つの細部がきっちりと古典としての「ホームズ」を踏まえた「趣向」が凝らされているのだ。

ぼくが海外のミステリードラマを見ていて日本と違うと思うのは、TV番組の前提に「古典」や「教養」があることだ。別にイギリスだからシェイクスピアというのではなく、むしろ19世紀の大衆小説としてのホームズが「古典」としてTV視聴者の教養にあることがドラマ作りの前提にある。

アメリカのドラマなら『NCIS』の捜査官ディノッゾがハリウッド映画の古典に毎回言及するのも同じで、送り手も受け手も、大衆文化としてのTVは大衆文化としての古典をリスペクトし、共有している。

今の日本のサブカルチャーがつまんねーよ、と思うのは、まんがもアニメもポップスもプロレスも大衆文化を「古典」や「教養」としていない送り手と受け手によって作られ消費されているからで、それは単なる不勉強で馬鹿なだけじゃん、といい加減言っといてもいい気がする。

馬鹿だよ、オマエら。「教養」抜きのサブカルチャーが多分、この国の大衆をこの20年ほど致命的に馬鹿にしていて、教育のせいじゃないよ、この民度の低さは、と思う。



●関連記事
 → マンガ表現と戦後民主主義
 → 桂文枝「人間の想像力を削ぐ娯楽が、日本人から情を奪いつつある」(追記・2013/6/28)




 にほんブログ村 政治ブログ 社会制度へ

 

FC2ブログランキングへ



コメント:を見る(0)

コメント:を書く

▲このページのトップへ戻る

「聖子ちゃん派か明菜ちゃん派かと言われれば、戸川純」――今、岩手県知事がヤバイ(サブカル的な意味で)

●2013/5/1  「バーチャルでリア充を」「うちの嫁」――岩手県知事のツイートが淡々とオタクで面白い――ねとらぼ

「『バーチャルでリア充を』が私の基本方針」――岩手県の達増拓也(たっそ たくや)知事のツイートがサブカルに詳しすぎると話題になっています。萌えキャラを「嫁」と紹介したり、アイドルやアニメの知識を披露したりと、折りにふれ達増知事のネット民っぽさがTwitterに淡々とにじみ出ており、こうした投稿が多くのユーザーにリツイートされています。

インターネットが普及する前からパソコン通信を使って情報を発信していたという達増知事。YMOの影響で人民帽をかぶって大学に通ったことがある、聖子ちゃん派か明菜ちゃん派かと聞かれれば「戸川純」と答えるなどなど、往年のサブカル男子っぷりには目を見張るものがあります。

それでいて昨今のネットトレンドもキャッチしており、家では「乙」「餅つけ」「だめぽ」といったネットスラングを使うんだそう。「宇宙戦艦ヤマト2199」や、岩手県久慈市がロケ地となっているNHK連続テレビ小説「あまちゃん」といった最近のドラマやアニメなどについても感想を語っています。

さらに知事が会長を務める三陸鉄道の萌えキャラ「久慈ありす」を「うちの嫁」と紹介。「俺の嫁」ではなくうちの嫁と表現したのは、三陸鉄道にとっての嫁、岩手県によっての嫁という意味をこめたからだそうです。スラングを理解した上で使い分けるとは……ただものではありません。

サブカルについて達増知事は、「1978年、中2の文化祭で百分の一宇宙戦艦ヤマトを木と紙で作りクラスが盛り上がったのが原体験」とコメントしています。この経験以来、「バーチャルでリア充を」が知事の基本方針になったんだとか。そんな達増知事のもと、岩手県はマンガによる地域振興政策「いわてマンガプロジェクト」に取り組み、知事自身の責任編集による復興支援マンガ「コミックいわて」シリーズを出版するなど、“サブカル街おこし”を積極的に展開しています。知事の面白いツイートともに、こうした岩手県の取り組みにも注目してみてはいかがでしょう。



  ▼戸川純(ゲルニカ)『集団農場の秋』 × アイドルマスター(如月千早)
  



  ▼戸川純(ヤプーズ)『君の代』 × アイドルマスター(天海春香)
  





 にほんブログ村 政治ブログ 社会制度へ

 

FC2ブログランキングへ



コメント:を見る(0)

コメント:を書く

▲このページのトップへ戻る

宮台真司「2ちゃんねるの処女厨は頭が悪すぎる。フランス文学では(ry」

●2013/1/6  宮台真司 × 安藤美冬 【第3回】「価値発信で市場を切り開くには、君たちは間違っていると消費者に指摘することが不可欠です」――現代ビジネス

宮台 : いずれにせよ、「何も知らない者が幸せだと思うこと」と「多くのものを見てきた者が巡り巡って幸せだと思うこと」の間には大きな違いがあります。1993年に上梓した『サブカルチャー神話解体』の後書きで書いた通り、「知らぬが仏」は仏じゃない。木偶の坊と同じなんです。たくさんのことを経験し、何もかも相対化できるように思えた段階で、なおかつ生きることへの絶対的意欲を持つこと者だけが人を感染させる。それに関連して、2ちゃんに棲息する「処女厨」みたいな存在はクソです。ネットを見る限り、AKB48のファン層に目立ちますね。

安藤 : 「処女厨」って何ですか?

宮台 : 女の子が処女じゃないと気が済まない馬鹿って意味です。

安藤 : はぁ~(笑)。

宮台 : 感受性の問題じゃなく、単に頭が悪すぎるんです。「処女厨」って、結局は価値が減るものしか相手にできない。それでは何も味わい尽くせない。18世紀末からのフランス恋愛文学では、あらゆる汚れが積み重なる中でこそ絶対に失われないピュアさが描かれるでしょう?

安藤 : 年齢を重ねるほどいい女ということですね。

宮台 : そう。これまた〈往相還相〉です。憧れの女が処女じゃなくなったら終わるのか? 頭が悪すぎる。感性も鈍いと思うけど、それ以前にマトモに頭が働くかどうかの問題。そういう阿呆がのさばるのを見ると、この社会も終わりだなとつくづく思います(笑)。





 にほんブログ村 政治ブログ 社会制度へ

 

FC2ブログランキングへ



コメント:を見る(0)

コメント:を書く

▲このページのトップへ戻る

オタク文化のこれから――〈コンテンツ志向〉と〈コミュニケーション志向〉

◆志倉千代丸・福嶋麻衣子・東浩紀「アキハバラ3000」――『思想地図β』vol.3(2012年7月)より

 ※発言要旨抜粋

●東浩紀
――秋葉原文化の現状を、どう見ているでしょうか。

●福嶋麻衣子
――アキバの盛り上がりは、2005年頃がピークだったと思います。なぜかというと、当時の秋葉原に集まった人たちは、一般社会で疎外感を抱え込んでいて、秋葉原に居場所を求めていた。そういう人たちが秋葉原で一斉に抑圧から解放されるときに、ある種のパワーが生まれていた。けれどいまの若い年代の人は、オタクだからといって疎外されるわけでもなく、恥ずかしいとも思っていない。AKB48が好きだって公言できる時代じゃないですか。抑圧がないんです。あとはピンチケの登場かな。あれがアキバの世代交代を象徴していると思う。いまや完全に三次元志向の新世代のオタクたちが入ってきている。彼らは昔のオタクと全然違います。

●志倉千代丸
――一番大きな変化は、いままでコンテンツを消費するだけだったオタクたちが、自分でコンテンツを発信するようになったことだと思います。したがって今後は、コンテンツの作り方がフォーマット中心になっていくでしょうね。例えば、いわゆる「御三家」――初音ミク・アイドルマスター・東方プロジェクトの3つのコンテンツがニコニコ動画を中心にヒットしていますが、その主な要因は、キャラクターを使ってユーザーが何か表現できるという仕組みにこそある。言い換えれば、もはやキャラクターはフォーマットでしかない。これは、三次元であるAKB48も同じです。個々のアイドルの魅力もあるでしょうが、それより目立つのは握手会や総選挙の仕組みが成功につながっているという事実です。

●東浩紀
――かつてのアキバ文化は、あくまでもコンテンツ重視で、いまで言うコミュ障に支持されていた。それがいまや様変わりして、オタクたちははるかにソーシャル(社交的)になり、つながりのプラットフォームこそを必要としている。しかし、その変化で失うものもないですか。従来のアキバ文化の魅力は、ソーシャルなビジネスにではなく、むしろアニメを中心とした強いコンテンツにあったのだと思うのですが。

●福嶋麻衣子
――それは単純に世代の問題だと思います。私以下の世代は、自分たちが介入できないコンテンツにはまったく興味が持てない。

●志倉千代丸
――その点では、僕はこれからもコンテンツが何より重要だと思っています。フォーマットビジネスがいま流行だと言っても、そのフォーマットの中で活躍するコンテンツの力がなければ、結局は成り立たない。先ほど二次元から三次元へ、という話もあったけれど、秋葉原はこのまま三次元では突っ走らないし、アイドル売り出しのフォーマット競争みたいなものも、すべてはコンテンツとの両立が重要で、それなくしては結局長続きしません。

●福嶋麻衣子
――私はこれからは、いまの初音ミクのように、特定のフォーマットを使って無数の作品が作られているとき、その流れをうまくまとめプロデュースする能力を持った人がクリエイターと呼ばれ、そのような人たちの業績がコンテンツと呼ばれるようになると思うんです。

●東浩紀
――無数のユーザーが無数に生み出す「小さなコンテンツ」をまとめる能力が重要になってくるだろう。佐々木俊尚さんのキュレーション・ジャーナリズムと似た話ですね(※)。僕も半分はそれに同意です。そういう流れが加速しているのも事実です。しかし、やはりプロが集中的に時間と資源を投入しないと作れないコンテンツもあるのではないか。加えて言えば、参加型コンテンツは文脈依存性が高いという問題もある。例えば、東方プロジェクトはいま若い世代の間では最もアツいコンテンツですが、それを海外に紹介するのはきわめて難しい。海外どころか、国内でオタク以外に説明するのも難しい。というのも、東方プロジェクトのおもしろさを理解するためには、知っていないといけない前提が多すぎるからです。コンテンツ産業の海外展開という観点からすると、やはり、参加型コンテンツよりも、宮崎駿のようなわかりやすい突出したクリエイターが作った、自律した作品の方が競争力がある。

●福嶋麻衣子
――でも、いま秋元康さんはジャカルタでAKB48の姉妹グループを作っている。それに、初音ミクは海外でも評価されている。

●志倉千代丸
――初音ミクは、日本と海外で受け入れられ方に大きな違いがあります。

●東浩紀
――初音ミクは、日本ではコンテンツがコミュニケーションに飲み込まれてしまったことの象徴だと思われている。でも実は海外では単なるコンテンツとして消費されている。

●志倉千代丸
――それは、逆にアドバンテージにもなる。海外で受けるかどうかは結局はキャラの魅力だけれど、そのキャラを生み出すコミュニティはまだ日本にしかないわけだから。

●東浩紀
――秋葉原で流行したものが世界に広がっていくというスキームには、秋葉原の消費者が確かな目を持っているという前提がある。しかし、それも今後はどうか。アキバ文化の競争力は、クリエイターの技術の蓄積だけでなく、消費するオタクたちのリテラシーの高さも重要な要因になっています。しかしこの数年は、先ほどから話にあったように、コンテンツ力よりソーシャルなつながりを求めるオタクが多いでしょう。いいものを作ればマーケットが答えてくれると、単純に言えるかどうか。

●福嶋麻衣子
――私も、いまそれが一番不安だな。

●志倉千代丸
――オタクの目はまだまだ厳しいですよ。

●福嶋麻衣子
――でも、ネットで話題の作品が、すでに私の年齢で全然おもしろくないということもある。それも世代によって違うし、どんどん世代も交代している。

●東浩紀
――そもそも、ネットで発言量が多い10代や20代は実際にはあまりお金を持っていないので、彼らの意見と購買層の意見はずれてしまう。いいものが話題になる、話題になると売れる、というサイクルが好ましいのですが、「話題になる」と「売れる」があまりつながらなくなっている。

●志倉千代丸
――僕はそれを否定的に見ないんだよね。ひと昔前は、広告費に対して売上もある程度は比例していた。しかし、いまはネットの影響でそれは成立しない。ネットの評判も信用ならないけれど、広告費をかければ売れる、という時代よりはいい。それに、クリエイターはそもそも一握りしか生き残れないものでしょう。

●東浩紀
――むろん、本物のクリエイターは稀にしか生まれないと思いますが、その人が世に出るためには一定数の消費者が必要でしょう。例えば、いまは携帯電話の普及によってマンガが売れなくなっていると言われる。これは、マンガが面白くなくなったどころか、消費者がもともとマンガを読みたいわけではなかったことを証明している。多くの消費者にとって必要だったのは、暇な時間を潰すツールであり、それはマンガでも携帯電話でも何でもよかったわけです。大多数はコミュニケーションのためにマンガやアニメを消費しているにすぎなかった。だから他にコミュニケーションのツールが現れると、すぐにそちらに乗り換えてしまう。いま起きているのはそういう変化です。そうなると、新しいクリエイターを選ぶための市場そのものが細る。

●志倉千代丸
――オタクの時間がコミュニケーションに奪われるにしても、そのコミュニケーションの話題の核となるのは、やはりコンテンツ。作品自体の観賞時間やプレイ時間は2時間なんだけど、それについて語る時間は30時間、40時間になる、つまりそういう商業作品を生み出さなくてはならないと考えています。


(※)キュレーションについて、佐々木俊尚さんは「情報を収集し、選別し、意味づけを与えて、それをみんなと共有すること」と定義している。分かりやすく、「ソーシャル・フィルタリング」と呼ばれることもある。



    ▼『思想地図β』vol.3(特集:日本2.0)
    『思想地図β』vol.3





 にほんブログ村 政治ブログ 社会制度へ

 

FC2ブログランキングへ



コメント:を見る(0)

コメント:を書く

▲このページのトップへ戻る

プロフィール

ばたお

Author:ばたお
・1983年大阪府生まれ。大阪府河内長野市在住
・半自給農民、工場非常勤。できるだけ稼がず、できるだけ消費しません。シェアハウス運営
・土と暮らし研究会

【ツイッター】@BATAO_Hetare
【スカイプ】batao2.0
【PCメール】ba1234tao@gmail.com

Twitter

最新記事

全記事表示

記事検索

月別アーカイブ

カテゴリ

半農半活動 (22)
脱競争・脱成長 (27)
社会運動 (16)
家庭菜園 (68)
ばたおの「超意欲的ニート」生活 (34)
食料問題・農業問題 (22)
思想 (88)
文化 (36)
科学 (15)
社会 (106)
労働・貧困・経済格差 (84)
メディア (31)
原発・エネルギー (57)
憲法改正問題 (9)
国際 (45)
ばたお的議会改革案 (8)
「〈橋下なもの〉に感じる違和感」への違和感 (7)
「分かりやすさ」の陥穽――『おいしいコーヒーの真実』を批判する (6)
ポストモダン歴史学の批判的検討 (13)
格差肯定論――階級間平等社会へ (4)
新自由主義と正社員 (7)
ばたおの「現代政治学」案内 (5)
社会学としてのライトノベル論 (16)
AKB48関連 (90)
ハイコンテクストとしての平嶋夏海論 (14)
ゴリマがつくる「事実」――平嶋夏海なき平嶋夏海論 (4)
AKB48平嶋夏海・解雇関連 (19)
「平嶋的なもの」を解体する――間接的な平嶋夏海擁護論 (7)
渡辺麻友から読む平嶋夏海 (7)
SKE48松村香織とサイバー空間 (11)
平嶋夏海と松村香織 (1)
HKT48騒動 (9)
ボリシェヴィキの結成とロシア革命 (9)
高校生日記 (5)
ばたおの〈マジキチ読書〉 (22)
ばたおの〈マジキチ映画鑑賞〉 (1)
ばたおとだめお (12)
ツイートまとめ(1) (150)
ツイートまとめ(2) (150)
ツイートまとめ(3) (150)
ツイートまとめ(4) (150)
ツイートまとめ(5) (30)
未分類 (16)

最新コメント

最新トラックバック

アクセスカウンター

リンク

ブロとも申請フォーム

にほんブログ村

FC2ブログランキング

QRコード

QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。